白ノ探索、紅ノ会敵 肆

 弾丸の入ったざつのうを捨てて、駆け出す。全身の表皮へ流血を開始。黒の礼服の下で、皮膚に赤い斑点が浮かび上がる。


 目標である赤兜の間合いに入る。


 右の青兜が、先んじて動いていた。鎖鎌の末端、おもりを投げつけたのである。ローゼが飛び蹴りに移った瞬間、二メートルの鎖が蛇行の形で頭上に撒かれ、跳躍を妨害した。


 ローゼは上には飛ばず、前方から突き出される槍先を踏みつけた。『ボゥッ!』と足底が紅く爆ぜ、その火力は攻撃ついでに矮躯を後方へ飛ばす。


 ――槍の穂先をひしゃげられ、赤兜は衝撃と熱波によろける。鎖はアスファルトに散らばった。


 ローゼは七メートル後退。その背後へ、何者かが半円軌道を描いて回り込む。軽装である黒兜が、鉄柱へ放った磁力の補助を受けて疾走していた。


 黒兜は力強く踏み込み、右手の脇差をローゼの背中目掛けて刺突する。


 ――対応。


 足元に爆発を踏んで上方へ飛翔。後退の慣性に任せ、空中で一回転しながら黒兜を飛び越える。


 逆さまのローゼを、鬼の面が見上げる。視線がぶつかった瞬間、黒兜は半身はんみを返し、右手の脇差をそこへ投げつけた。


 脇差は回転しつつローゼより少し前方を素通りする。


 黒兜は、敢えて外したに過ぎない。もう一本・左手の脇差を両手に持ち直し、天を指す。両腕から紫電が伝い、切っ先へ。


 ――放電。


 白刃が避雷針ひらいしんの如く閃光を発する。紫色の雷が蛇行し、空中の脇差を捕まえる。二つの刃がさながら龍のような雷で繋がった。


 宙を空転していた脇差が不自然な動きで静止し、剣先をローゼに向ける。

 着地する瞬間、その地点。黒兜は薪でも割るように、一つの巨大な鎌となった脇差を振り下ろす。


 着地直後、屈めた背中へ雷光の一撃。高圧電流を帯びる伸縮可能な大鎌は、ローゼを間合いに捉えた。刃側面、峰、柄、一切が接触あたわぬ。これでは往なせない。


 ――緊急回避。


 全身に炎の衣を散らし、アスファルト上を転がる。礼服が破れ、体中に擦り傷を負い、幾度も周囲の状況を見失う。


 着地地点に叩きつけられた刃が折れ、甲高く鳴いた。

 有りっ丈の電流が地面を這い回り、蜘蛛の子を散らすように拡散する。


 ローゼは不覚を取った。辛うじて体勢を立て直し、顔を上げたが既に遅かった。


 「やってくれる…ね。これは……」


 地に着いた手足が凄まじい痙攣に襲われていた。感電している。まるで針のむしろにされたようである。心臓や首にさえその感触は及んだ。


 感電の瞬間、無理に体勢を立て直そうと叩きつけた両掌りょうてのひらは、無残に擦り剥かれ、しかしその感触すら麻痺して解らない。


 脊柱や心臓から、手足などの末端へ掛けて、触覚と随意運動の回復が試みられている。

 飲み込んだ冷たい水が喉を流れるように、正常な感覚が体に広がりつつある。

 しかし遅い。間に合わぬ。黒兜は放電直後の衰勢か動きを止めたが、金兜の斬馬刀が自分を間合いに捉え、斬首せんと振り上げられた。


 アスファルトを押さえる掌は、墨汁の如く多量に出血している。両腕の表皮にも紅き水脈が流れる。さぞ大きな血文字が描けよう。


 ――流血とその機能の発動、これは神経をやられても生きている。


 『ドクン』と、心臓が脈を打つ。肉体を制御できぬが故に、主たる意識が血液の掌握に割り当てられた。


 ――何もかも、溶かせるくらい。熱く、熱く、熱く、――岩漿化がんしょうか命令めいれい


 血液のみに意識を没入する。血だまりから素粒子が蒸発。高濃度で、より深く、血液を己が一部と感じる。生み出した原子が呼応する。


 時の流れが、遅い。


 大爆発でも起こそうと考えたが、咄嗟の判断で両手の間に置いた意識は、球体を形取った。


 血だまりの色が鮮紅せんこうしょくより白色へ、段階的に脱色される。須臾しゅゆの時、それはドロリと一点に潰れ、米粒のように縮む。轟音と爆発を伴い、収束された力を開放。僅かニ十センチ大の球状へと広がった。


 振り下ろされた斬馬刀。ローゼの首を断つべき刃は飴細工の如く溶解、蒸発し、本体と刃先が分断される。二つの断面は無残にも赤く泡立ち、白刃は黒く焦げ付いた。


 甲冑より覘く着物や紐、布という布が炎に食い尽くされる。


 金兜・水分を失ったその肉体は炭化し、ぼそぼそと音を立てて砕け、原形を失いながら前のめりに倒れ伏す。背後に控えていた赤兜も熱波にやられており、やがては盾となった金兜を追って、炭の膝関節から崩れ落ちた。


 二体撃破。

 脇差の黒兜は電池切れか立ち尽くすばかりである。


 ローゼの両手の間には、白熱の極小たる太陽が顕現けんげんしていた。

 粒状斑りゅうじょうはんの表面に白炎が飛沫を上げ、のた打ち回り、太陽を離れた弱い炎は尾ひれの如く泳いでは消える。


 ローゼはキルシェのように、血液の粒子を自在に流動させることは出来ない。しかしこの感覚は、片鱗へんりんに確と触れた。


 高熱に溶けたアスファルトがぽっかりと風穴を作っている。ローゼは胎児のような姿勢で白い太陽を抱き、空中に留まっていた。


 意識が正常に戻ろうとしている。太陽が紅白の炎へ分解を始め、雲散霧消する。


 ――背後に気配。鎖鎌の青兜か。


 浮力を失う瞬間、目覚めたローゼは足底に爆発を踏み、上方へ飛翔する。覚束ない視界と手足の感覚に鞭打つが、それでもままならぬ。表皮の血液を幾重にも爆発させて肉体の動作を補助する。


 指先にさえまともに力が入らず、しかし辛うじて橋の鉄骨を掴み取った。


 足元を見る。

 高さは二十メートル弱か。

 手の甲、せつこつ中節ちゅうせつこつ末節まつせつこつ、爪と、炎の噴射が推力を与えて煌めいている。指先を高熱とし、鉄骨に突き刺した。


 火力による動作補助を弱め、少しでも回復を促す。


 橋梁きょうりょう上部構造、鉄骨のアーチ。青兜は鎖鎌を己に巻き付け、手足に磁力を纏い、蜘蛛のようにその急斜面へ貼り付いて四足歩行する。復帰した黒兜も遅れながら追随した。


 手足の末端は強力な磁石となって鉄骨を打ち、『カツンッ、カツンッ』と一歩ごとに強烈な接触音を残す。


 ――接近してからあの紫電を鉄骨へ流すつもりだ。ならば、いつ手を離すべきか。

 ローゼは再び感電するくらいの腹積もりを以て見極める。


 距離六メートル、青兜が手足を止めた。体躯にぶれ。鉄骨の面に張り付いていた手が縁を掴み、筋力に頼っている。放電へ集中すべく、磁力を鞘へ納めるつもりか。


 「――今!」


 ローゼはこの停止の瞬間を見逃さず、鉄骨から手を離した。


 『バリッ』と、鉄骨に電流が走る。多足類の虫のような雷の疾駆は、しかし速やかに中断され、再び磁力によって鉄骨へとへばり付く青兜。


 鉄骨から手を離したローゼは、半身はんみに炎の衣を噴射して、時計回りに旋転する。炎の車輪となり、橋の外側から青兜へ飛び込む。奴は目下、距離二メートル。身から奴へ飛び散った血の雫へ、炎上、爆発命令を下す。


 青兜は鉄骨から両手を離して、炎の飛沫から顔面を守る。


 ローゼの反撃は爆発と称するに程遠く、軽い破裂や炸裂に止まった。その音はまるで、子供が遊ぶ火薬の空砲。鮮紅せんこうしょくの光に代わり、黒煙が伴う。弱体化の証である。


 拍子抜けしただろう。それでも青兜は鉄骨から両手を離してくれた。

 け反った姿勢から、再び両手に宿る磁力。離れた体を瞬時に戻そうと、より強靭な力を発揮する。磁性体を、引き寄せる。


 「鉄なら、くれてやるッ!!」


 ローゼは青兜を横切る。その瞬間、隠し持っていたあるものをばら撒いた。


 ――先刻、鉄骨を掴みながら高熱で引き千切った鉄屑とボルトである。

 これらが青兜の両手に吸い込まれ、突き刺さる。籠手を貫通し、血が滲む。


 衝撃を受けてよろける姿を認めるや否や、ローゼは炎の衣を逆噴射。爆炎が耳朶じだを打ち、肢体は逆回転へ軌道を変える。空中で右足のみを胡坐あぐらのような姿勢に。そのまま推力に任せて、右足底部を青兜の顔面に叩きつけ、爆発命令を付加。弱体化し不安定な中、それでも最後の火力を振り絞った。


 形の悪い旋風せんぷうきゃくが直撃する。


 青兜・放電に切り替えるいとまなく、顔面が紅蓮に包まれる。


 首が、千切れ飛んだ。

 兜の金の前立ては外れ、鬼の面が粉砕される。


 ローゼは、頭の無くなった青兜の胸元を掴み、鉄骨を蹴る。この死体に自身の体重・百四十一キロを上乗せして、弱体化した黒兜へと倒れ込む。


 巻き込まれ、落下する黒兜は放電へと転じるが、ローゼは既に彼らを蹴り捨てて橋を離脱、河川へ。紫電は、首のない青兜に帯電するのみだ。

 黒兜は青兜を掴んだまま鉄道側に落下。地面と青兜に挟まれ、潰れた。

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