金城市・攻撃開始 肆

 三名単位で行動する敵の歩兵により、度重なる襲撃と待ち伏せを受けたが、それでも『二班』は死者を出さずに二キロを移動していた。

 敵車両が機動力を発揮できるような広い道路は避け、狙撃手に注意しながら。


 現在はアミューズメント施設に息を潜めている。


 最初の襲撃から鑑みて敵の勢力があまりにも小さく疎らなことから、月城は自分達が泳がされていると勘付いていた。

 敵は救助者に対し二次的損害を与えるつもりなのだろう。つまり我々の行動から仲間の出発地点を北と予測した筈だ。


 しかし七時頃である。

 東より爆発音と発砲音を確認した。


 あれが近衛班の戦闘行為によるものであれば、彼らはそう遠くない所まで接近していてもおかしくはない。逆に我々を東へ誘導する為の罠である可能性も否め切れないが、見たところ敵の武器弾薬も恐慌現象時の鹵獲物であり、その数は限られよう。消費を控えるのが自然だ。


 ――敵の視点に立つ。


 暫く接敵していない我々を再び発見し、各個撃破、あわよくば無力化し捕虜としたいとする。東から入った近衛班の深部進行を一旦許し、発煙弾や閃光弾、音響等による彼我の合図から現在地を特定。完全に包囲し、武装解除を要求。こうするのが一番楽だ。


 東の爆発音より二十五分。月城はこれを近衛班の合図と判断し、発煙弾を携えて二班から離脱していた。


 皆を五百メートル先のアミューズメント施設に行かせ、一人で八階建ての廃ホテルに潜伏する。袋の鼠だが、それでも加賀の制止を振り切りこの役目を買って出た。


 武器は神田より借り受けた八十九式自動小銃である。狙撃できるよう、マウントレールに照準器を乗せている。


 まず、ホテル裏口をピッキングして侵入。管理室から鍵束を探し当て、出来る限り施錠する。この拠点を一旦出て、北側三軒隣の雑居ビル屋上に時限着火式の発煙弾を仕掛ける。発射方向を少しばかり北へ傾け、しかし黄色い煙は二班の居る西方を示す。緊急時の移動先も西側の消防署や市民病院にあらかじめ限定している。


 時刻は八時十五分。着火は八時半。急いでホテルへ戻り、非常階段の扉を各階ごとに施錠しながら屋上へ走る。貯水槽の下、コンクリートの土台にできた隙間へ潜り込む。


 ――発砲。


 軽い音と共に、黄色い煙の尾を残して発煙弾が飛んだ。


 テントシートにもなる軍用ポンチョを被って伏臥ふくがし、月城はその様子を見守る。


 この姿勢では地上こそ視界に入らないが、南北と東の高地は見える。足元へ匍匐ほふく前進すれば、面倒だが西も監視できる。


 食いなれた携帯けいたい口糧こうりょうのチョコレートバーをかじり、水筒の水で喉を潤した。



      ❀



 ――キルシェ班。


 足並みを揃えた三十名の敵が、煉瓦れんがの塀に囲まれたサナトリウムの正門を出る。施設の時計台はその役目を忘れ、夕刻十六時頃を示したまま動かない。


 現在、正しくは八時過ぎである。まだ朝の澄んだ空気が冷たい。キルシェと夏蓮が金城市北部より危険領域へ足を踏み入れてから、三十分が経過していた。


 通常の人間よりは遥かに高い視力と、自身の体内を透過して全方位を見取れる視野で、周囲を警戒するキルシェ。白く発光する瞳は暗闇をも見通し、僅かな影に潜む物体さえ検出する。


 カーテンに閉ざされた家屋の窓や、僅かに開いた物置の扉。マンションや市営施設などの上階といった潜伏可能な建造物の高台に、外を覗き見る不気味な人間を散見した。


 まばたきして下ろされる彼らのまぶたは、劣化した人形のように薄汚れ、生気を感じない。どう見積ろうが、まともな生者ではない。気色の悪い『代物』と敢えて表現すべきだ。


 監視者は外部へ向けて配置されている。

 なるべく死角を作らぬよう工夫されているが、内地に対しては極めて脆弱である。あまり背中を気にする必要はなさそうだ。


 ――小さな町工場の三階、事務室にて。傍に控える夏蓮が窓からひょっこりと顔を覗かせて南方を見る。視野の広い裸眼で、望遠鏡のように目標を拡大する。


 「さくてき、さくてき、と」


 この工場、近くに大きな遮蔽物しゃへいぶつは存在しないが、敵の監視員が配置された右のテナントビルの窓から死角となっており、おまけに前方はテニス場と見晴らしが良い。


 キルシェは灰色のキャップを被り、そのつばで瞳を隠す。同色の外套がいとうを羽織り、えりの内へ不似合いな長髪を入れ込む。弾薬を詰め込んだ背嚢はいのうを背負い、二脚銃架にきゃくじゅうかを備えた八十九式小銃を肩に下げ、夏蓮の索敵さくてき成果を待つ。


 気を散らしてしまわぬよう、夏蓮を視界の隅に捉えてそっと見守る。


 夏蓮の姿は普通の人間と変わらないし、攻撃対象とされ難い。もし敵に発見されたとしても、ここでの安全は保障できる。


 「あ。外国にありそうな古い建物の門から、人がぞろぞろと出てきます。というか、あそこなら普通に見えると思います」


 死の街と囁かれる金城市でも、敵に属する者は存外活動的らしい。窓の外を見やると、確かに三十名程が駆け足でサナトリウムの門を出て南方へ走っている。


 「私では、建物内の様子までは細かく見えぬ。窓の中を見てほしい。まだ誰か残ってそうか」


 キルシェは地図を手に、サナトリウムへの経路を調べる。人数からして、斥候せっこうの潜伏場所ではなく拠点の一つなのかもしれない。とすれば何らかの痕跡が残っていよう。


 「見える範囲ですが。扉は全部空いています。誰も残っていません」


 「では、しばらく動きが無いか監視してほしい。それから、出来る限り街の様子にも目を光らせよ」


 夏蓮はサナトリウムの前門、本館、列柱廊れつちゅうろうを監視しつつ、町全体へ視線を走らせる。とはいえ工場の高さは知れており、ビルや家屋に遮られてあまり遠くまでは見えない。


 それでも夏蓮は諦めずに探し当て、その小さな肩がピクリと跳ねた。


 「見えました。直接じゃないですが、反射する物に映ります。郵便局の裏に三人以上、…え、と。家に囲まれた小さな公園から二人、他にも。みんな南に走っていきます」


 やはり拡大して細かく視認できる目は効果的である。窓ガラスや廃車のミラー、道路反射鏡、金属のポールなど、鏡となる物を通して発見した。


 「サナトリウムの方はどうか。あれだ。さっきの建物」

 「変わりありません」


 粗方想像がつく。大暴れしたローゼに驚いて、周章狼狽しゅうしょうろうばいよろしく兵力を傾けているのだろう。


 こちらは工場に身を潜めていて正解だった。というより運が良かった。もう少し遅ければ移動中の敵と鉢合わせしていたかもしれない。


 キルシェは夏蓮の頭を撫でてやった。


 「しばらく時間を置いてからサナトリウムに向かおう。敵の痕跡を調べる」


 髪をもさもさと触られた夏蓮は迷惑そうな顔で、再び窓を向き直した。集中している時は邪魔されたくない性分みたいだ。


 「…その、監視を続けます」

 「休んでも構わないよ」

 「いえ、続けます。できることは、しておきたいんです」


 母親の家を確かめると、そう自分で決めたから、か。


 ローゼも恐らくは激戦の渦中だ。胸に傷を負った身でありながら、それでも投げ出さずに行動している。自分の幸せだけを望めと幾度となく伝えたが、結局はこうして共に闘う道を選んでしまった。


 ――仕方のないことだ。危険を伴ったとしても、その意思を尊重すると心に決めている。


 所詮、他者を制御することなどできない。

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