金城市・調査開始 壱

 これより先は命がけの戦いとなろう。近衛は十名の友人を説得し、八名が同行すると答えた。断った残りの二名には、金城市による浸食の危険性をより詳細に説明し、自分達が戻らなければ挙母ころもを去るよう伝えた。


 尤も皆、政府から居住権を与えられて生活している。社会基盤がある程度整備され、且つ人口制限内で居住できる地域は限られており、挙母市と闇市を失えば、すぐには次の居住地を用意できない者達ばかりだ。つまるところ、戦う以外に選択肢は残されていない。


 ――班は『近衛班』『第二班』『キルシェ班』の三班構成とする。


 近衛班(三名)と第二班(五名)は、それぞれ九十六式装輪装甲車を使用する。

 装甲車は恐慌現象時の鹵獲物ろかくぶつである。

 警察官や軍関係者までもが暴徒化したので、これを鎮圧する為に投入されたものの、乗員自体が狂う有様であった。この紛争に乗じて近衛らが奪取し、今に至るまで保管していたものである。


 キルシェ班は、キルシェ・ローゼ・夏蓮の三名から成る。車両は自家用車を使用する。


 ――主な行動内容。


 まず、第二班五名が装甲車両にて、挙母ころも側、即ち東より侵入。十一キロ地点の中心部を目指しながら状況を調査する。


 近衛班三名は金城市外で装甲車ごと待機。無線機を用いて指示を行う。


 装甲車両は目立つ為、政府関係者含め人通りの少ない時間帯、深夜一時を作戦開始時刻とする。警察組織などの無線を傍受し、彼らの巡回時には行動しない。


 キルシェ班は北方から徒歩にて金城市へ侵入。車両は大型商業施設の廃墟に待機させ、ここを無線の中継地点として、より強度の高い電波を小型無線機へ発信する。


 近衛は班員に対して化け物が住み着いている危険性を説明しており、皆承諾済みである。

 尚、キルシェとローゼの身体機能については秘匿とし、便宜上、超能力者と伝えた。



     ❀



 四月二十三日、深夜一時。作戦決行。


 鋼鉄の獅子、九十六式装輪装甲車が二両、挙母ころもを出発する。雲一つ掛からぬ晴天、瑠璃色の星の下、街の空気は澄み切っていた。


 唸るようなエンジン音を鳴らして、燃料の排気臭を引きながら、八つの車輪がアスファルトを滑る。商店街から二キロの廃工場にて停車した。


 近衛このえ鷹田たかだ水地みずちの三人が乗る一両は待機の為、ここでお別れとなる。


 「車両操縦は天野あまのか。一番若いのに上手じゃな」


 近衛がそう言って、車両上部のコマンダーズハッチから這い上がった。


 「彼には聞こえておりませんよ。土木作業員でしたが、重機の扱いにも長けていたので、好きなのでしょうね。こういった車両が」


 神田かんだ(29歳)が応答する。服装はオリーブドラブ単色の軍用作業着。出発から今に至るまで、ハッチ上で周囲を見渡し、実戦に備えていた。


 「なるほどなぁ」


 ――ガコンッ、と。神田の隣の上部ハッチを、力任せに開く者が居た。近衛と神田の間に割り込む形である。


 「近衛さん!報酬ちゃんと払ってくださいよ!こっちは命かけるんですから!」


 威勢よく言い放ったのは、漁師の加賀かが(38歳)である。


 「分かっておるさ。ちゃんと生きて帰って来いよ。ワシもあの頃は戦争で」


 「あんたは戦争経験者の年じゃねえだろうが!」


 近衛は晴れがましく笑う。


 「かっかっかっ。ばれたか。なあ、もし本当に危なくなったら引き返しても構わん。報酬は減るがな。皆にそう伝えてくれ」


 「あいよ、了解。行ってくる!」


 加賀は仕事着である灰色のつなぎ服を、今日も例外なく着込んでいる。いかにも漁師らしい鉢巻を、剛毛の角刈り頭に締め直した。これはいつもの癖だ。


 近衛はそんな彼の仕草を見届けると、片目を閉じて、握りこぶしの親指を立てた。


 「幸運を、グッドラック」


 再び装甲車が走り出す。


 車内から、神田へ声が掛かった。


 「神田君、そろそろ銃座に着くから、代わってくれるか」


 つきしろ(38歳)である。元国防軍所属。彼が本作戦の指揮を執る。


 「了解しました。大体把握できたので、何か有れば呼んでください」


 お互いの手をパチンと打ち合わせ、神田と月城が交代する。




 装甲車上部、二つのハッチに、月城と加賀が並んだ。軍人と漁師と、職業こそ別々の道を選んだが、二人は高等学校時代からの旧友であり、年齢も同じ38歳である。


 右は月城。銃座にて、十二・七ミリ重機関銃を構える。

 左は加賀。ハッチから顔を出し、六十四式小銃を構える。


 車内、加賀の真後ろには神田が控える。神田は狙撃担当で、状況に応じ加賀と交代することになっている。装備は八十九式小銃。加賀のそれに破壊力は劣るものの、貫通力と携行弾数が勝る。小口径化によって反動も小さい。夜間は暗視スコープを装備する。


 星明りに照らされながら、装甲車は三十五キロで巡行する。銃座の月城は、星空に目もくれなかった。周囲を警戒し、ただただ思考を巡らせている。


 ――金城市の行方不明事件は、何者かが秘密裏に起こしている。


 つまりは犯人に秘匿の意思があり、重火器の発砲などは不本意と読み取れる。

 恐らく向こうも人員と火器、車両をある程度は保有しているだろうから、こちらは敢えて発砲音の目立つ静かな深夜帯に行動した。


 しかし、この先はそうもいかない。進めばいずれはこの沈黙も破られるのだろう。


 金城市へ入って一キロ余り。目印としていた環状線の踏切を渡る。

 六年間も作動していない遮断器は天を指したまま静止しており、放置された線路には雑草が生い茂っていた。

 

 直進。二キロ先まで、二車線の道を行く。


 軽トラックや乗用車を数台ばかり見かけたが、幸いにも二車線を同時に塞いでしまうような形では駐車されていなかった。仮に進路を遮られても、両脇に広がる畑を突っ切るのみである。


 「国道十三号線まであと十分です。予定通りでよろしいですか」


 車両操作を担当する天野は、狭い覗き窓から前方を見つつ指示を扇ぐ。


 死の町である金城市内に身を投じる意味を、皆が頭の片隅に置いている。


 危険区域とされてから、この場所へ踏み込み、生きて帰還した者は誰も居ないのである。既にこの畑道もその一部であり、過去の例に漏れないとすれば全員が死の淵に在るのだ。


 「問題無し。作戦通りに」


 十二・七ミリ重機関銃の設置された上部ハッチにて、四十近い年齢に見合わぬ端整な顔立ちの月城が、時に冷たく目を細めて眺望し、敵を警戒する。


 跳弾や破片から頭部を守る緑色のヘルメットを被る頭は、軍人時代坊主であった。

 入隊直後や特別な訓練の最中でなければ特に規則は設けられていないが、それでも彼は熱がこもらぬよう髪を伸ばさなかった。


 このご時世でありながら几帳面にアイロンがけされた緑のデジタル迷彩作業服を着用し、軍人時代と変わらぬ品位を保つ。他の四人は民生品のベルトを締めているが、彼に関しては寒冷地でも凍結しないよう考慮された樹脂製バックルを使用。一見細身であるが、歩く、走る、撃つ、を主軸とする陸軍出身であり、必要量の体脂肪、筋力を兼ね備えた体をしている。


 普段の生活に於いて、軍人とは得てして自分の立場を偽装するもので、見る人が見なければ彼が軍属であると察するのは困難だろう。


 一方、隣の鉢巻男、加賀は。


 月城と懇意でありながら口調も風体も大きく異なる。長身に筋骨隆々という感じで、つなぎ服を着込んでいても、動けば逞しい肉体が垣間見える。月城と並べば、加賀の方を軍人と見まがうだろう。


 先刻、車内に待機していた加賀だが、彼にとって装甲車は手狭である。車外へ顔を出している今でさえ動き難そうで、肩から下げた六十四式小銃を度々ハッチの縁にぶつけている。


 ――四車線の国道手前にて、車両を停止。


 挙母市との距離を考慮すれば、発砲音こそ届いても直ちに警察組織は介入しないだろう。つまり夜間であれ、敵に発砲される可能性が高くなる。


 車両後部。油圧式ドアの前で、すぐ出られるよう待機していた東郷(45歳)が口を開いた。


 「しばらく休憩だな。これ、外していいか?」


 大量にポーチが付いた自身のベストを指で示す。中には弾倉や手榴弾、スタングレネード、水筒などが詰め込まれている。


 左ハッチから車内へ降りた加賀が答える。


 「おう、ここなら問題ねえだろうよ。ついでに外の空気でも吸ったらどうだ?月城と見張り交代だ」


 拳に親指を立て、銃座の月城を示した。


 「分かった。ちょうど退屈してたところさ。月城、構わんか?」

 「了解。しばらく頼む」


 ここで夜を明かし、早朝五時半に再出発とした。

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