金城市・攻撃開始 弐

 「人間にしては優秀ね。もう少し、遊ぼうか」

 金城市中央、貯水槽。エルネストは王座から侵入者を監視する。


 家屋や車両、町中に潜伏する傀儡の目を通して追う。飽和するほどの兵は抱えていないゆえ、所々で見失う。足止めとして偶さか攻撃を差し向けはするが、まだ殲滅しない。北を目指すところ、無線で通信していた仲間との合流地点がそちら側なのだろう。大勢で侵入するか、或いは車両を用いるのか。車両なら、通る道は見当がつく。


 退路となりそうなところは廃車などで封鎖済み。加えて、政府より鹵獲した装甲車を一定間隔で潜伏させており、容易く包囲できる。


 「あれ?変ね。玄関はそっちじゃないのに」


 金城市東側の廃駅に潜む傀儡の目から、二両の車両が見える。

 九十六式装輪装甲車の前を、軍用とはいえ強度と武装の劣る四輪車が先導している。

 人数は不明。運転する人間も、窓が光を反射してよく見えなかった。


 畑からも監視の目を光らせている。


 どうやら運転手は小柄で、低い位置からでは確認し辛い。しかし、少しずつ妙な違和感を覚え、国道に入った瞬間、確信に変わる。

 配置していた十七両の装甲車、上部の銃座から、或いは周辺に散らばる傀儡五十名の目に、年の近い少女を見たのだ。


 烈火の如く紅い髪、紅玉より輝く鮮紅せんこうしょくの瞳。軍人のような黒い礼服、金釦、スカートに飾られたロゼット。――エルネストの瞳孔が、開く。




 『必ず生きて帰りなさい。可能なら、敵首領を撃破せよ』


 キルシェはそう言って自分を送り出した。


 金城市調査へ乗り出す試験として少しだけ戦った日、キルシェは酷く手加減してくれていたし、そうしてくれると信じていた。


 ――気弱な自分が、許せなかった。


 キルシェに戦うよう命じられて、やっと役割というものを得た。事ここに至っては、腹を括るしかない。今、肩を並べるに相応しい妹と成ろう。


 『可能なら』の四字はキルシェの手心。故に。


 ――撃破せよ!


 「敵の居るこの機会は、天恵だから!」


 高架高速道路を潜った先。国道に並列する装甲車両。十二・七ミリ重機関銃が並ぶ防衛拠点。


 ローゼは、車両運転席に設えた鉄の管へ指を置く。手首から滲み出した血液が滴り、管を通してエンジンへと流れ込む。これに炎上命令を下し、思い切りアクセルを踏み込んだ。


 前方から一斉に射撃が始まる。ローゼ一点に照準された十七の銃座と、高架下部の足場に待機していた十数名の発砲。投擲される手榴弾、無数の歩兵による第二波、小銃の連射。


 ローゼは己が全身から血液を流出させる。身を伏せ、突撃の姿勢をとる。


 鉄の雨がフロントガラスを食い破り、ついでに外れるミラー。屋根を支える柱を捻じ曲げ、へし折り、弾き飛ばす。車輪は破裂し、ボンネットは一部めくれ上がり、軽い音を立ててエンジンルームが爆ぜるも走行を止めない。


 ローゼは隠しきれぬ体の部位へと血液を滲み出し、次々と爆発させていた。


 丸めた背中で火炎が次々と爆ぜる。銃弾の軌道をらし、降り掛かる破片を弾く。それでも防ぎ切れずに裂傷を刻まれ、しかし致命傷は受けていない。流れ出た血液が傷を癒し続ける。


 もはや慣性のみを動力とする車両。車体は傾き、地に着いた外装がアスファルトに削られながら火花を散らす。発砲音と着弾音を滑り抜け、国道を横断し、敵装甲車へと衝突する。

 意外にも軽い金属音と共に、車両の部品が辺りへ飛び散り、続いて凄まじい爆炎が猛威を振るった。


 鮮紅せんこうしょくの火柱がそびえ、熱波によって塵芥じんかいを押し流す。爆心地はローゼであり、その圧倒的な破壊力は血液によるものだった。


 高熱に支配される国道にて。四散する自車の部品と銃器、砕けたアスファルト。その全てが爆弾の破片効果をもたらす。


 横並びに配置された装甲車の内、正面四両が消し飛び、横転。一両は運よく一回転して車輪を地に着けたが、それでも大破している。


 歩兵五十名は集結して銃を構えていた為、半数が破片を受けて活動を停止。

 残された装甲車は十三両であるが、内三両の銃座が損傷。暴発、発砲不可、給弾不良と見るも無残な状態だった。


 ――火炎に包まれながら、ローゼは赤く焼けたアスファルトを踏みしめる。


 六時方向、つまりは背後。その上方からの気配を察知。高架高速道路の足場に横並びとなった兵士達である。


 ローゼは、人の頭くらいあるコンクリートの塊を掴み取り、高架へ差し向けた。


 手の平に流出する血液へ、爆発命令を下す。砕けたアスファルトが放射状に飛び散る。まるで握り潰されたようである。最も破片の収束した中心、三名に着弾し、血を吹かせた。


 「残敵数と地点は――」


 左右に首を回して、周辺に視線を走らせる。

 まだ煙に覆われた地上の視界は劣悪だが、兵士達の足音が聞こえる。

 彼らは煙の中へと走り、装甲車は銃座を回転して照準の機会を伺っていよう。

 こちらも銃火器を鹵獲ろかくしたいところである。

 そこでローゼは、大破した装甲車の一両に目を付けた。よじ登り、開放された上部ハッチから内部へ転がり込む。十二・七ミリの弾倉を漁った。

 先刻放ったコンクリートの塊のように、手から直接発砲する。ゆえに銃弾さえ手に入れば事足りる。


 鉄の弾薬箱から三百発ほどを取り出して、十発刻みで弾帯を分離する。血の指先でなぞり、暴発に注意しながら接合部にのみ発熱命令。切断。時間が無く、三百発全てを分離するには至らなかった。


 戦車兵の死体からざつのうを二つばかり拝借して、鹵獲した弾丸を詰め込む。交差する形で両肩に携え、ハッチから顔を覗かせ、周囲を一瞥する。


 一先ず、発見されてはいないようである。


 『さて、キルシェならどうするか』と口を衝いて出そうになり、押し黙った。

 今は、独りでなくてはならない。これ以上、自分を嫌いにならないためにも。


 「邪魔者から始末だ!」


 高が独り言を訂正した。


 高架道路の足場へ視線を投げる。距離は四十メートル余り。揺れ動く火煙の隙間から、兵士達の姿が時折垣間見えた。


 これより両手を散弾銃とし、まずは高架を叩く。


 十発余りの弾丸を左手に握る。人差指と親指で作った輪から、弾頭の束が顔を出す。弾丸後部へは血塗れのみぎしょうを押し当てる。

 正面から見れば蜂の巣のような形のこれを、高架へ差し向けて着火、射出。血の爆発によって、反動と薬莢の熱を相殺し、手の損傷を防止する。この発砲を三度、繰り返した。


 ――弾数分の着弾音が次々と鳴り、敵の大半を殺害する。バラバラになった手足が、肉体が、その所持品が、高架から幾つも落下した。


 この、握った銃弾をじか撃発げきはつする技術はキルシェが提案したものだ。キルシェはこれを『徒手式としゅしき射撃しゃげき』と命名した。


 徒手式射撃の直後、ローゼは速やかに車両を脱出する。銃座から飛び降り、前転の受け身から別の廃車へ走り、その鉄塊に背中を預けて身を隠す。


 直後、放棄した車両へ向けて、周辺から掃射が加えられた。


 戦車を守る随伴ずいはん歩兵ほへいによる発砲であり、上方からの射撃は一発とて確認できなかった。つまり高架の敵は掃討できた可能性が高い。


 敵の銃声が止む。こちらは、次の段階へ移行する。

 『行くよ』。自分の胸に言いつける。

 ドクン、と、鼓動につられて全身が脈打った。


 全身からの流血より昇華した紅い火炎が、体の周りで小刻みに発生する。止め処なき火炎を衣の如く身に纏い、熱い推力を受け、肉体の運動を補助。穴の開いた専用ブーツの靴底からも出血、爆発!


 ――地響きを轟かせ、十メートルもの距離を跳躍する。


 敵を発見。眼前を横切る敵兵一名の顔面に対し、劫火ごうかの伴う掌底を叩き込む。爆散し、一瞬で髪が焼尽しょうじんする。飛び散る破片は全てが小さな火の粉となり、それが骨なのか肉なのか、或いは血液であったかさえ判別できない。


 しかし、身長は百九十センチ弱くらいと解る。


 ローゼは叩き付けた掌底の威力をそのまま利用し、後方へ飛ぶ。炭化した肉片や頭髪の付着した手から黒煙がくすぶり、後退軌道に放物線の尾を引いた。

 手を薙いで、死体の塵芥を空中で振り払う。

 四メートルの後退地点にて、火炎の推力で滞空を維持。駒の如き垂直旋転で三百六十度を索敵。視界が悪く、影も発火炎も発見できない。発砲音から凡その位置を読み取り――。


 「あとは、虱潰しらみつぶし!」


 何もない空間に飛び蹴りを撃ち込んでは足底を爆発させ、その反動によって空中を駆け巡る。礼服のスカートをはためかせ、袖を振り、左右不規則に身を返して、軌道修正を繰り返す。

 ようやく発見した敵は三名。出会い頭に筆頭の顔面を、例の如く掌底にて粉砕。こちらに隙が生じる。


 「おっと」


 生気のない男と目が合った。

 ――随伴ずいはんする二名より照準を受ける。しかし、彼らが発砲する頃には掌底の反動にて左方向へ垂直回転し、半円軌道を描いて背後へ回り込んでいた。

 一人目。敵の背中を掴み、瞬時に着地。この敵を盾とし、百四十キロ余りの我が体重と火炎の推力により、圧倒的な力を以て押し進む。

 銃撃を物ともせず体当たりし、二人目の敵兵を押し倒す。片割れに心臓を撃たれた盾は機能を停止し、その下のもう片割れは銃を落としてく。


 ローゼは、味方を撃った馬鹿の頭部を踏みつぶし、足底の爆炎にて再び跳躍した。


 一度接敵すれば、他の兵士がすぐに駆け付ける。直前に頭部を粉砕していた場合、次に遭う敵は両肘で頭部を守ろうとする。まるで思考を共有しているような挙動と、妙に統率された動き。何か、特別な連絡手段を有しているのかもしれない。

 体格や装備は国防軍のそれであるが、身のこなしは総じて素人。学習能力にさえ注意すれば攻略は容易であろう。

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