金城市・主力決戦――籠城ノ金盞花 参
――
ふと、思い立つ。
電子は原子核の周囲を巡っている。これが飛び出して自由電子と呼ばれる。エルネストはこの自由電子を一時的に生み出し、或いは干渉して制御している筈だ。対する自分は熱、無秩序に運動する原子や分子を生み出し周囲へ干渉している。単純に高熱を与えれば、搔き乱せるのではないか。
空中にて、先刻とは別の甲冑へ目を付ける。列柱の狭間を通過する一瞬、後方のエルネストから見えなくなる。雷撃が、途切れた。
――今だ。
旋回軌道のまま着地。足底が火の粉を撒き上げ、床を半円に舐めて焦がす。決して炎の羽を身から解かずに疾走する。甲冑から槍を奪い再び跳躍、飛翔した。
逃走経路に残るローゼの爆炎を追撃の紫電が貫く。
行き場を失った雷撃が地の甲冑達を光で繋ぎ、足元から千々に乱れて走り去る。
ローゼは槍先のみを焼き切って分離。これを銃弾の代用とする。握る左手は薬室、刃後部に当てた右手は撃鉄。つまりは徒手式射撃の構え。
両足を超高熱と化し、列柱を飴細工の如く溶かしてその側面に着地する。内部へ沈み込んだ足を鎮火冷却、固定し、地に対して横向きに立った。
――浮遊するエルネストの軌道を予測照準、撃発!
ただの槍先ではない。溶ける寸前まで熱し、べっとりと血液を塗布したものだ。
――エルネストがほぼ同時、槍先の射線上へ紫電を放つ。
偏差撃ちを回避しきれぬと踏んで槍先自体の迎撃に移った体に見えるが、真の狙いはローゼ本体である。
――
高熱によって溶解しながら、槍先は四方へ弾け飛ぶ。これを追って紫電は拡散する。その光景から、電撃は導体によって
紅と紫、二つの光が収まり、エルネストの肢体が覗く。頬と肩、胸元にごく微細な傷が刻まれている。それらは血液によって瞬く間に修復されたが、確かに損傷していた。
あれは金属片の被弾によるもので間違いない。血液の熱が、彼女の体に綻びを生んだのだ。
エルネストの肉体、その物質の配列に何が起こったのか。
まず。原子核と電子の狭間には膨大な空間があるのみで、彼我は電荷、謂わば万有引力のような干渉力によって形を保っている。
エルネストを構成する原子は彼女の意思に呼応して、自身に属さない原子への電荷を消失させ通過を許している。無論、衝突事故を阻害する程度の電荷は原子核の表面に纏っているが。
ローゼの血の粒子は、密度と熱運動の回数、衝撃力により原子核表面の阻害電荷へ過干渉。その負荷が原子を押し出す形となり、配列保持の耐久限度を超過、組織崩壊へ導いたのである。
――戦闘は空隙なく継続する。
エルネストの周囲に流動する紫雲、血液の粒子が帯電しながらこちらへ侵攻する。つられて追随する彼女自身の姿から察するに、紫雲を磁性体と出来るらしい。
ローゼは柱に突き刺した両足に高熱を宿し、再びコンクリートを溶解。足底の爆発にて、破片を撒き散らしながら後転。逃遁に転ずる。
宙を泳ぐエルネストが追い迫る。纏う雷は羽衣にも似て、優雅に
今、この部屋には紫雲以外にも様々な磁性体が存在している。柱や天井の鉄骨、美術品。これらを手繰り寄せる度、エルネストは加速と鈍化を繰り返す。
彼女の矮躯は一身それ自体が凶器だ。本体から伸びる紫電を一撃でも浴びればこちらは行動不能に陥ってしまう。一刻も早く地上へ出なければ。
――南東の階段、地上へ抜ける扉が開き、一人の男が転げ落ちた。
空中を馳せるローゼは、後退の慣性に身を任せながらそちらに視線をやる。
エルネストが陽気な声で警告を投げかけた。
「逃げたらあぶないよ?もっと楽しませて」
男が吐血する。少量だが、血は蒸発して紫雲へと変貌した。
男はエルネストの傀儡で、あの血液は彼女から与えられたものであろう。
これをきっかけに、開かれた扉から宮殿へと大量の紫雲が流れ込み始める。
――なるほど。傀儡は血液の貯蔵庫か。
決戦に備えて近隣へ集結させ、次々と紫雲を生み、宮殿内に雷雲を飽和させる算段と見た。
エルネストの紫雲がローゼへ殺到する。
高濃度の塊で、大きさは頭一つ程度。左右、上下に挟み、続いて後方から回り込んで迫る。
ローゼは対応する。
空中にて、後退から前進へ切り替える。天井に爆発を蹴って急降下し、落下寸前で再び火炎の羽根を散らす。身を
数知れぬ炎が
天井に広がる灰色の髪、紫の眼光。憎悪と執着の混沌に
――この速さを悟られぬよう、今は速度を一定に保ちながら戦う。
旋回のついでに血塗れの腕を振り翳し、灼熱の粒子を散布する。
紅い粒子は鮮やかに燃え上がりながら散弾となり、放射状にエルネストを襲う。手足に数発浴び、表皮が綻ぶもやはり血液によって速やかに修復されてしまった。
奴が如何ほどの血を貯蔵しているのかは解らないが、こちらと比するなら無尽蔵と考えて差し支えない量だ。となれば、短期決戦に持ち込む他ない。次の攻撃への対処に乗じて、まずはエルネストへの接近を試み、少しでも動揺させたい。
――地上から流れ込む紫雲が無数の集合体となり、四方八方から執拗な追尾を始める。
ローゼは濃度の低い紫雲の中を感電度外視で遊泳し、五十発は下らない雷撃を掻い潜る。手足や表皮の神経が、麻痺と回復を止め処なく繰り返す。
「く、まだだ、まだ!」
まだ加速するのは早い。何としてもこの速度で凌ぎ切る。
追撃のエルネストが、
紫雲から成るそれと比較にならぬ必殺の雷撃は、血液の散布を伴う。ローゼはこの予備動作を察知する度に列柱の影へ飛び込んで盾とし、隙を突いて
だがこの程度は命中したとて数の内に入らぬ。電熱への耐性も鑑みれば、致命傷を
――決めた。やってやる。
北、王座の方向。天井のシャンデリアに目を付ける。だが、まずは時間だ。僅かでも攻撃を止ませたい。
両腕に纏う炎を一瞬増大。エルネストの視線が上半身へ釘付けられる。
――今だ。
一条の雷撃が見舞われる刹那、軽量化した体を急加速して翻る。
撒き散らした炎に紛れ、旋回ついでに
『ボボボゥッ』と劫火が
白い寝間着ごと焼け爛れ、鮮血が被弾箇所を覆い修復する。エルネストは眼球だけを転がして掠り傷を一瞥。
「――うっとうしい。そろそろ、死んでよ」
「――聞こえないね」
エルネストに纏わる雷光の羽衣が、意思を持った生き物のように荒れ狂う。
ローゼは必殺の落雷、その挙動を警戒する。攻・防・逃、次の最善手は、何だ。
エルネストが人差し指を立てる。その瞬間、腹部に鈍痛が圧し掛かった。
目下に移ったのは甲冑の兜。電磁力によって叩き付けられたらしい。
火の海となった
折れた肋骨が肺に突き刺さる。「かはッ」と吐血し、――しかし、これを次の一手とする。
吐き出した血液に爆発、炎上命令。天井のエルネストへ
エルネストは直撃を受けながらも天井の中へ消える。透過能力によって全身を通過した高熱は衣服と表皮を焦がし、体内の細胞にも軽微な火傷を及ぼしていた。
何もかも体を通り抜け、粒子の熱でしか干渉できない以上、爆発による破壊は無力。かの
だが時間は確保できた。
火炎による目眩ましが通じるところ、幸い奴は電波探知能力を有していない。つまり壁の中から顔を覗かせない限りこちらを認識できないのだ。
宮殿中のカーテンが、這い上がる炎に喰われて溶ける灼熱地獄の渦中。辛うじて滞空を維持していたローゼは、巨大なシャンデリアに飛び乗った。
ローゼは手首から血液を流し、枝分かれした黒塗りの鉄線を紅く塗装し彩ってゆく。
先刻の槍先と同様、爆発させたシャンデリアの破片を散弾とするのだ。
周辺に浮遊していた美術品、甲冑の部品などが急に落下した。エルネストが磁場を
紫雲の
――何か、仕掛けてくる。
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