金城市・調査開始 参

 月城も十二人の敵と交戦している。


 おおよそ、仰角ぎょうかく二十六度にじゅうろくど、距離四十四メートル、高架の足場に向けて、十二・七ミリ重機関銃が硝煙を吐く。鉄製の通路を掃射し火花を散らす。四人がよろけるも、命中か跳弾か、或いは足場の金属片を身に受けてかは不明。

 敵は我々と同じく六十四式小銃を肩に下げている。発砲されるより先に、高速道路上へ繋がる階段を破壊して、増援を阻止しておきたい。


 続けて、発射。


 弾き出された二十数発が着弾。足場の鉄板が衝撃で浮き上がる。コンクリートを削り取り、砂礫が飛び散る。分解した通路と階段が次々と地上へ落下した。

 三名、姿を見せたばかりの敵も直撃を受けていた。

 一名は胸部から血煙を吹き、もう一名は落下。残る一名は片腕を失っているが、衝撃でよろけたのみ。平然と小銃を構えた。


 ――高架の残敵が射撃体勢を整える。数は八。足場で横並びに小銃を構えた。

 ――地上では、加賀の殺し損ねた二名が再びマンホールから這い出ようとしている。


 月城と加賀は急いで車内へ潜り、上部ハッチを閉鎖。直後、八丁の小銃より一斉に弾丸が放たれ、地上前方からは手榴弾が投げ付けられた。


 装甲車両は鉄の雨に晒され、無数の着弾音が足早に天井を叩く。ミラーが凹み、ヘッドライトに亀裂が走る。もはや清々しい量の発砲に続き、車両正面に投擲された手榴弾が爆ぜる。


 車両の損傷は軽微だが、上から狙われては銃座に着けぬ。敵の総数も分からない。


 全員に向けて、操縦席から天野が叫ぶ。


 「一度撤退します!」

 「待て。国道へ出るな!車両が来るかもしれない!」


 月城の指示。発砲音と爆発音に紛れて、そのどれにも属さない音が聞こえていたのだ。事故が発生したようなそれは遠くから密かに響いた。手榴弾を投擲した直後に一つ聞こえたのみであるが、何かがシャッターを破壊したような感じである。恐らくは敵の装甲車だ。


 可能であれば国道を横断して、高架の下を潜り、畑道に出たい。そうすれば挙母市へ逃げられる。しかしその為には用排水路を渡る必要が有って、残念ながら歩道しか見当たらなかった。


 月城に続いて神田が告げた。


 「これより車両を放棄する。東郷、加賀、車両後部で脱出準備。天野は中腰に立て」


 神田と月城が、操縦席の天野に弾帯を二つ巻き付け、脱出準備を手伝う。すぐに終わらせて、月城が指示した。


 「車両を二十メートル後退してくれ!銃座で時間を稼ぐ。俺が撃ち終わったら再び後退し、それから道に蓋をする。場所は任せた」


 「了解です」


 狐色の皮手袋をはめた手で、変速用桿へんそくようかんを握り締める天野。手汗が酷い。微かに震える手でバックギアへ切り替える。アクセルペダルを踏み込むと、動力の振動が力強く足に伝わる。22歳と、五人の中で最も若い天野は、まるで自分自身の体が震えているようで生きた心地がしなかった。


 車両停止。天井のハッチを開き、月城が再び銃座へ臨む。小銃へ次弾を装填し終えた敵が発砲するも、先刻より狙いが甘い。手傷を負い、弾倉の交換も円滑にできぬと見た。


 足場を横一文字に掃射し、とうとう完全に無力化。月城は引き続き周囲を警戒する。


 再び車両が後退を始め、一本道の狭い支路へ深く食い込んだ。鉄筋コンクリートのビルの隙間に収まって、また停止。ここで乗り捨てる。


 「近衛のじいさんめ最悪だ」


 車内後部。東郷が背嚢はいのうを背負いながら軽口を叩き、加賀が呆れ顔で答える。


 「言うなよ、知らなきゃどの道同じ運命だ」


 加賀は、大量に弾薬ポーチの付いた弾帯を体へ巻き付ける。鉢巻で汗を拭い、気合一発と言わんばかりに固く締め直した。


 前方、国道からの距離は六十メートル。擲弾兵と思しい七名が追い迫る。


 そう遠くないところから、装甲車両の走る音も複数近付いている。


 擲弾兵てきだんへいが二十五メートルまで接近。銃座の月城は給弾を完了していた。


 残弾も砲身の過熱さえ歯牙にかけず、まだ距離のある敵目掛けて発砲を開始。十二・七ミリの弾丸が敵車両の駆動音を掻き消して放たれる。硝煙の香りが再び濃くなり、薬室より鉛色の空薬莢が次々と排出された。


 生身の生物に対しては圧倒的である火力過多を見せつけ、次々と着弾。血煙を撒き散らす。被弾により投げ損なった手榴弾が腕ごと千切れ飛んで爆発し、その破片で自滅する。


 敵七名を殲滅した直後、国道から九十六式装輪装甲車が顔を出した。周囲に数名の歩兵を従え、十二・七ミリ重機関銃を回転させる。


 月城は再び車内へ退避。ハッチを閉鎖。操縦席の天野が、手元に置いていた簡易な箱型の装置を作動させる。


 出発前に仕掛けておいた時限爆弾である。狂った人間を相手取る恐慌現象に於いて爆弾は基本的に不要であり、ごく一部の特殊な状況を除いて投入されていない。よってこれは鹵獲物ではなく手製品。おまけに、敵に対してさしたる殺傷力も持たない。

 正確には、車両の機能を奪う為に内部へ設置したテルミットだった。要は鉄塊たる装甲車を簡易防御陣地、所謂いわゆるトーチカとし、敵車両の侵攻を阻止する狙いだ。


 後部ハッチを開き、八十九式小銃の照準器を覗く神田。後方二十五メートルに敵を三名確認。身を屈め、頭部を撃ち抜く。残された二名が路地裏へ退避した。


 小銃を持たぬところ、幸いこの小道には多くの武力を潜ませていなかったらしい。しかし、急がねば背後にも手が回る。避けて通るべきは幹道や地下鉄、車両を隠せる規模の工場だ。気まぐれで兵を配置した拠点も在ろうが、今のところ見当をつける材料がない。


 車両を降りる加賀に、荷物持ちの東郷が続く。二人を少しだけ先行させて、残り三人で後方を警戒、退路を確保しながら路地裏や住宅街を介して北を目指す。近衛と連絡が付かない場合の取り決め通りに動いた。


 金城市南端には港が在り、見晴らしの良い開けた道路が多い。逆に市街地である北側は建物や路地が多く、隠れる余地がある。また、近衛から存在のみを知らされた切り札、第三班も北から侵入するとのことだ。大まかな位置しか明かされていないが、彼らが希望となろう。


 放棄した装甲車両内部にて、テルミット点火。錆びた鉄粉がアルミ粉によって還元反応を起こし、優に二千度を超える。溶けた鋼鉄が内部機構を流れ、溶接した。

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