金城市・調査準備 弐

 図書館から国道九号線に出て、西へ七・五キロで挙母ころも第一工業区に当る。ここを抜けて蔦の絡み付いた廃墟群を過ぎると第一居住区。南北に行けば第二第三と別の区画に続いているが、このまま九号線を西へ進むと闇市に辿り着く。


 闇市は、かつて賑わった商店街である。国道沿いに電線が張られており、ここにも送電されている。


 近隣に学校、消防署、警察署、市立病院などがあり、恐慌現象時に避難所として利用され、大勢が集まり死体の山が築き上げられた。処理が難航し、死臭と蠅に満ちた最悪の地域であり、今も血痕や染み、残留物が放置されている。


 もはや物好きが転々と住まうのみの地区となってしまったが、避難所として利用された事実があるのと作業員がしばらく駐留したが故に、一応は居住可能な環境が整備されている。


 とはいえ、無人手付かずの地域と比較すればまだインフラが生きている、という表現になるが。


 数少ない住人も眠りに落ちたらしい静謐の住宅街を抜け、商店街のアーケードに入る。


 ここは一本道ではなく、迷路の如く複雑に絡み合っている。商店街でありながら、メインストリートから路地へ入れば三階建て吹き抜け構造のテナント群が点在し、併設されたコンクリート造りのアパートと不調和を奏でている。まるで都市部の地下鉄を商業施設化したような空間が広がっているのだ。


 しばらく深部へ車を走らせると、家電製品の投棄された駐車場に停車した。


 目的地、キルシェ行きつけの夜間闇市・近衛精肉店。表通りのシャッターは閉じられているものの、ガレージが裏口となっており、こちら側のシャッターは開放されている。


 この精肉店は、狩猟を営む七十五歳男性が一人でやり繰りしている。罠猟が主であるが、猟銃も所有。恐慌現象発生時は山に籠っていた為に難を逃れ生き延びた。弾薬を購入できない現在は銃砲店から持ち去った盗品と、自身で鋳造した物を使用する。


 車の音に気付いてか、彼はシャッターの奥から顔を覗かせた。


 「これまた渋いのに乗っておるな。後ろのお嬢さんは、将校さんかい」


 背筋の伸びた、平均身長ほどの体格。オリーブドラブ単色の軍服を肩に掛け、帽子の鍔を摘む呆れ顔。寝起きのような頓狂な口調だった。


 「いつも世話になっている。この将校は妹のローゼだ。今日は営業していたか」


 大きく年が離れているのに敬語を使わない。荒廃した世界は随分と様変わりしており、がいしてとりわけ闇市の会話は無骨である。彼とは交流を持つ中でこうなった面も大きいが。


 「今日は営業しとらん。干し肉と缶詰くらいなら残っとるが」


 「突然邪魔をしてすまない。電話が無いからな」


 「じゃから邸宅にアンテナ建てたるっちゅうに。不許可で無線飛ばしちゃる。このご時世じゃ免許なぞ発行しとらんからな」


 政府が急場で設えた発電機と蓄電器により、現在の人口に対する電力は賄えているものの、固定電話などの通信網にまで管理の手が回らない。一応は無線アンテナが設置されており、最低限の通信は可能であるが申請は必須。


 然らばと、個人的に簡易アンテナや無線機も保有できなくはないが、生産が停止して久しい今となっては高価な品である。反面、制定された新法に特別な規制が設けられていない点に於いては手が届きやすい。尤も、彼がそんな事を一々気にしているとは思えないが。


 「恐慌現象前から手を染めていそうだがな。無政府主義者よ」

 「さすがにそれは困る。治安が乱れたらワシも死ぬ。…と、すまんの、そこの将校というか、礼服の。近衛じゃ。よろしくな」


 二人の会話を遠めに眺めていたローゼへ笑いかけた。


 「いえ。姉がお世話になっております。こちらこそ、よろしくお願いします」


 ローゼが軽く礼をする。


 「世が世だ。姉御と同じような話し方で構わんよ。気疲れしちまう」


 キルシェが腕組みをして、横から口を挟んだ。


 「姉御とか言うな」

 「断る。拒否権を行使する」


 それから近衛は姉妹を店内へ通した。広さは二十畳ほど在ろうか。狩猟道具から工具類、車両の部品まで転がっている。


 陳列棚にはコンデンサ、ケーブル、電子基板などが並ぶ。無線機から発電機、蓄電器などもあり、加えて釣り道具からナイフ、ダクトテープまで様々な商品が雑然と置かれていた。統一感に欠ける店ではあるが、終末の世界には適っていよう。


 「ローゼよ、姉御の影響で知っとるかもだが、家電製品やコンピュータ、機械の故障の原因は大抵が消耗品の劣化で修理が効く。スイッチ裏の半田が割れているとか、コンデンサに寿命が来ているとか、電池ボックスの端子が錆びて電気が流れていないとかそんなのばっかりじゃ」


 「なるほど。それで交換用の部品がこんなに並んでいるのか」


 「修理の仕事をよく頼まれるんでな。代替の効く部品は日々漁っておる。しっかし姉御から聞いたが、良い車を選んだな。点火装置が不要な圧縮着火式のディーゼルエンジンで燃料の代替が効く。小さい乗り物には向かんがの」


 品が切れていないか陳列棚を確認して回る近衛。在庫の少ない物をどこから調達してくるか思案しながら、今度は独り言をぶつぶつと呟いている。


 「近衛、今日は話が有ってきたのだが」

 「おお、すまんすまん。奥で聞こう」


 キルシェが切り出すと、近衛は商店奥の作業部屋に案内した。


 細かい部品が散乱しており、計器らしき装置が棚に積まれている。埃の被るところ、あまり使わないらしい。


 そもそも近衛の本業は果樹園の管理と狩猟であって、機械弄りは副業に過ぎない。今や、これが本業に取って替わりつつあるようだが。

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