金城市・主力決戦――籠城ノ金盞花 伍
エルネストの透過と放電は、近接を得意とするキルシェにとって多少不利なものだ。自分が敗れ、メアリとエルネストの二人を、その能力も知らぬままキルシェ一人で相手取るとなれば、連鎖する脅威は計り知れない。
――孤軍奮闘した甲斐があった。
いつも守ってくれたキルシェを、今度は自分が守れるのだから。
最後の一撃で、自分は動けなくなるだろう。そうなれば、エルネストに勝利したとてメアリには抵抗できない。
メアリは見逃してくれると言った。あれは
無論、それは死を意味した。結局、礎のような形でしかキルシェに応えられないわけだ。
そういえば、キルシェには何度か泣かされたことがある。
思い出してふと、笑いを零した。
「こんな形で、姉を泣かせることになるなんて」
メアリの一部と成ってであれ、生存してであれ、キルシェとの邂逅は約束されている。だから、恐れはない。
天井に吊られた血塗りのシャンデリア。その鎖を両手に掴み、本体を片足で踏み押さえる。
膨張する収束体は一メートルを超え、鋭い雷を幾重にも
死角、それも後方に奴が現れることは想定していた。必殺の雷撃を確実に叩き込むため、こちらを二点で挟み通電させるつもりだ。
隠し持っていた金属片を摘み、背後を映し見る。天井のシャンデリアに取り付いている以上、収束体から直線で結べる位置はこの一点のみ。息の掛かる距離しかありえない。
――変化。
前方・紫雲の収束体が突として一点に縮み、解き放たれる。
しかしこちらには一条の紫電さえ届かない。血塗ったシャンデリアを爆散させ、防御の弾幕を放射していた。
小刻みな爆発によって砂鉄と化したそれは紫電を絡め捕る網となり、帯電しながら収束体を通過。脅威となる電撃を
――ただの一発を、除いて。
収束体の放電直後にこちらへ撃ち込まれた絶大なる雷。曲折を経て、しかし終着点となるエルネストを求め、繋がる。
天井から舞い降りたエルネストは自身の何倍も在る雷を受け止める。あまりに眩い紫電はもはやその色を忘れ純白に光っていた。
既に、ローゼはシャンデリアの反動を利用して後退していた。背中から、エルネストへ体当たりしたのだ。
全身を電流が満たしてゆく。
随意運動と不随意運動の制御が効かなくなり、指一本とて言う事を聞かぬ。眼の焦点を絞る僅かな筋繊維すら機能しなくなる。触覚が、聴覚が、視覚が停止し、完全な静謐に没入する。
――ごめんね、キルシェ。後は、任せたよ。
肉体から消失する意識を、瀬戸際で第六感へ移行する。血液の制御、命令信号に一切が割り当てられる。
『
「――自爆!?」
エルネストの瞳孔が開く。
けど、愚かだ。ローゼは失策している。
多量の血を自由電子とし、全身に
』
既に、落とすべきローゼの意識は存在しない。
エルネストは見誤った。ローゼが未熟で、肉体から意識を剥離しなければ白い太陽を顕現できないことに、気付けなかった。
殺害されない限り、白い太陽は発動できる。ローゼはエルネストの帳尻を図らずも狂わせ、生還の道を手繰り寄せた。
何もかもを溶かしてしまう高熱の一撃。現状の切り札、
どろり。肉体が、
血は
「メアリ――」
メアリに結わえ付けられた黄色いリボンが解ける。
エルネストには、今もあの手のぬくもりが残留していた。
サイドテールを離れて舞う姿を儚む時間はない。さよならを言う時間も。けれど、言えなくてよかった。
エルネストは終わりを迎える。愚直であるが故、その心に、後悔だけは残さなかった。
高速、高密度の局所的熱運動によって、エルネストの原子配列が瞬く間に崩壊する。
物質を浸透する彼女は、その性質によって文字通り全身を高熱に晒し、跡形もなく分解された。
❀
白い太陽が顕現していた時間は
周辺の柱と天井は溶解という段階を踏まず蒸発したらしく、
キルシェの立つ地上には、円形の窪みが形成されていた。中心にぽっかりと大穴が口を開け、
「――私の、責任だ」
『敵首領を撃破せよ』などと
この非常識な火力は、玉砕を図ったとしか考えられなかった。
曇天より降り注ぐ雨が水蒸気となって立ち上る。全身を濡らし、閉じ忘れた口へ雫が流れ込む。失った心臓や傷めた肋骨はおろか、筋繊維の修復すら不十分だ。
自分は、ローゼの闘争心を甘く見ていた。深刻な事態に直面すれば転進するものとばかり。多くの場面で戦略的に正しいと評価される道を、
――ボロボロの体を引きずって、誰も居ない管理施設跡をよろぼい歩く。
落下し損ねた金属の手すりに掴まりながら、大穴を見下ろした。
砂礫と雨水が傾斜からパラパラと流れ落ちている。僅かな力を振り絞って飛び降り、着地の手前で粒子を散らす。
背中を丸めたまま、再び吐血した。小さな肩が竦む。咳き込む音が地下空間に反響する。
立ち上がり損ねて、コンクリートのブロックに寄りかかる。何度も倒れそうになりながら、残骸の中を歩く。
中心には、一つの椎骨が残されていた。
表面から血液を分泌し、紅く染まっている。ほんの僅かであるが、上下に脊椎の一部を形成しつつあった。
高熱が発せられた直後に紫雲は消滅した。事切れたのはその主であるから、これはローゼで間違いない。まだ、生きているのだ。だが、生きているとして、体が復元したとして。一度失われた脳に、記憶は存在するのだろうか…。
――それでも、生きてさえいてくれればいい。
血だまりの中から、両手にそっと掬い上げる。熱を帯びる椎骨を胸に抱き、傾いた瓦礫へ背中を預けた。
「私が、余計なことを言ったばかりに…。それでも、解らない。なぜだ。なぜ、ここまで…」
ローゼは勝算を見出し、自分の意思で最後まで戦い抜いたに違いない。でなければ、メアリの仲間を相手に勝利など収めてはいない。なればこそ、撃破が可能であるなら退くことだってできたはずだ。どうして、逃げなかった。
丸く切り取られた空から雨水が
しばらく俯いたままで居りたい。
キルシェは誰が見るわけでもない顔を、乱れた長髪に隠した。
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