第25話 ホテルはどこでしょうか。

「こんばんは、せ〜んぱい♪」

「さようなら」


 ————バタンっ。

 その女の姿を確認した瞬間、俺は玄関の扉を閉めにかかる。


「ちょ、ちょちょちょ待ってください! 何するんですかー!?」


 扉が閉まる寸前、女は隙間へ足を捻じ込んだ。


「てめっ、やめろ。入ってくんな! 悪徳営業マンがてめぇは!」

「ガールですー! 美少女ですー!」

「どーでもいいわ!」


 小競り合いをすること10分。


「はぁ……はぁ……この怪力ビッチめ……」

「……せんぱいがひ弱なんじゃないですかぁ?」


 結局、その女————最愛奏の粘り勝ちとなった。


「何しに戻ってきたんだよ……」

「あ、はい。私、迷子です。道分かりません。駅まで送ってくれますか?」

「はぁ?」


 絶対ウソだ。

 そもそも今時、地図アプリでも使えば駅くらいならまず辿り着ける。


 訝しむ俺を見て、最愛はやはり眩しいほどの完璧な笑みを見せつける。


「これで、勝負は私の勝ちですね♪」


 

 ◇◆◇



 最愛と2人、駅までの道のりを歩く。


「それで、ホテルはどこでしょうか」

「ふざけろ」

「えー行きましょうよー。今日は私でたくさん興奮したじゃないですか? 欲求不満ですよね? ワンナイトラブしましょうよー」

「こいつ……」


 まだそう言うことを言うか。


 俺の中身のない言葉で他人の何かを変えられるなんて思っていないが、最愛は今日も今日とて軽薄なビッチだ。


「あ、そうだ」

「え? なんですか? 発情期きちゃいました?」

「今日の……琥珀のことなんだが」

「うげぇ……せんぱぁい、今その話いりますー? 今せんぱいの隣にいるのは超絶可愛い美少女後輩ですよ?」

「ビッチだけどな」

 

 適当に返しつつ、話を進める。


「あいつ、学校と違うだろ」

「はぁ……まぁそうですね。ウザったいことに、学校では猫被ってるみたいですね」

「それ、黙っててくれるか」

「イヤでーす」

「即答かよ……」

「あの猫ちゃん嫌いですし。せんぱいを襲ったのも彼女への当て付けな部分が10割だったりします」

「おま……そういうことかよ……」

「むしゃくしゃしてやりました」

「とりあえず署でゆっくり話を聞こうか……」


 1週間前の真実がようやく明らかに。

 そうだよね、俺なんかが理由もなく野生のビッチに襲われないよね……。

 

「だって、一年生の天使と悪魔とか言われてるじゃないですか。私がいるのに、私と同列に扱われる女の子がいるなんておかしいです」


 最愛は淡々と悪びれもなく話す。

 女の怖いところ全開。

 しかしそれでも、夕日は快く彼女を照らしているように見えるから不思議だ。


 銀色の髪が煌めく。


「だから、幼馴染の男の子を私が食べちゃったらどんな顔するかなーって。嫌がらせだったんですどねぇ。見事、ミッション失敗してしまいました。せんぱいのせいですね♪」


 なぜか、最愛はにへらと嬉しそうに笑みを浮かべる。


「おまえが予想以上のクソ女なことは分かった。で、何が条件だ。どうすれば琥珀のことを黙っててくれる?」

「なんでせんぱいがあの子のためにそこまでするんですかねー」

「あ?」

「いえ、なんでも」


 俯いて小さく何事か呟いた最愛は、銀髪をふわりと揺らしてこちらへ向き直った。

 

「条件なんてありません。黙っててあげます」

「…………いいのか? さっきと言ってること違うし……逆に怖いからなんか条件つけない? なんでもするよ? エロいこと以外」

 

 立花先輩式でなんでもするよ。


「女の子は可愛く見られたいものですから。猫被り、いいじゃないですか。多かれ少なかれ誰でもします。まぁ、私レベルにちやほやされてるのは気に入らないですがー」


 想定に反して、最愛は興味なさげにあっけらかんと答える。


「なんで最初からそう言ってくれないんだよ……」


 先輩チョロいからすぐ見直しちゃうよ?


「なんか癪なので」

「えぇ……」

「貸し一、ですよ?」


 最愛はピンと、人差し指を向ける。


「せんぱいの頼みだから、聞くのです。条件は設けませんが、目一杯感謝してください。そして私のためになることを自発的に行ってください」

「へいへい。考えておきますよー」

「はい♪ 楽しみにしています♪ 私のことをたくさん考えてください♡」


 やっぱり、クソ雑魚ビッチに頼みごとなんてするもんじゃない。


 卒業するまでずっと引きずられるまである。


 でもまぁ、仕方なかった。

 先輩や姫咲は問題ないとしても、最愛の口止めだけはしなくては。


 一体何を言いふらすかわかったもんじゃないからな……。


 最愛への空っぽの感謝はきっといつか死ぬ間際にでも遺書として残すとしよう。



「————ダメ……それ、返してっ……!」



 通りすがりの空き地から突如、鬼気迫るような女の子の声が聞こえた。


「なんだ……?」


 さすがに気になってそちらを見る。


「ははは! 返して欲しけりゃ取りにこいよ! ほらほら!」

「うぅ……か、返して!」

「お、きたきた。へいパース!」


 夕日が映し出す黒い影。

 小学生くらいの3人の男の子と、1人の女の子。


 それは分かりやすく、弱い者いじめの現場だった。


「うわぁ……マジか」


 最初に思ったのは面倒だなって、その程度。関わりたいとは思わない。


 放っておけばいいだろう。所詮は子供の遊びだ。

 

 近所の子だろうし、すぐに誰かが……


「せんぱい」

「あん?」

「ちょっと私、行ってきます」


 こんな状況を最も素通りしそうな女が、俺の横をすり抜け飛び出していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る