第18話 もう一回だけ……
放課後になると、俺は一目散に教室を後にした。
目指すは決戦の地、校舎裏。
え? 差出人も分からない怪しい手紙なんだから行かなければいいだろうって?
だまらっしゃい!
まだ超絶不器用な美少女からのラブコールっていう可能性は残っているだろうが!!
だから俺は、これがもし罠だとしても行かなければならないのだ……!
「よし、着いたぞ……」
差出人はすでに来ているだろうか。
警戒心は忘れず、俺は校舎の陰からそっと顔を覗かせる。
そこには、1人の女の子がいた。
後ろ姿だけでも、美少女だと分かる佇まいだ。
「あれは……」
「あ、来た」
その少女はまるで俺の存在を察知したかのように、こちらを振り向いた。
大きな黒い瞳は、キュッと目尻が鋭い。
さらさらの黒髪ショートに、小柄な身体。
……見覚えしかない。
「なんで琥珀なんだよ……」
隠していた身体をだらりと投げ出し、呟く。
まったく想像と違う差出人に、脱力してしまった。
しかし思い返してみれば、あの簡素な文章はいかにも琥珀っぽい。
無意識に可能性を排除していたんだ。
「なに。ワタシじゃ悪い?」
「いや、べつに? 悪くないけど、俺の純情を返してほしいね」
「純……情…………え?」
「ガチで首傾げてんじゃねえ俺ってばめちゃくちゃウブいんだからな!?」
ほら、今も先輩のお御足を今度お触りできると思うだけで昂ってくるんだ。
この心の高まりだけで今の俺は生きていると言っても過言。
「仕方ないでしょ」
「何が仕方ないので?」
「だってワタシ、スズメの連絡先知らない」
「そりゃ今までいらなかったからでしょう!? 用があったら勝手にウチ来るよねぇ!?」
「……くす……っ」
笑った! 今コイツすげえ悪い顔して笑ったんだけど!?
「ゴメン。ちょっとだけ、面白そうだと思って。手紙にした」
「やめようそういうの? ほんと」
「せっかく同じガッコだから。有効活用」
そんなくだらないお遊びのせいで小悪魔女王、最愛奏は俺の中で卑劣な暗殺者だよ。
可哀想に。
お詫びにもう二度と関わらないことにしよう。会ったら罪悪感で俺が死んでしまう。
「で? 用件は?」
面倒くさいので、さっさと話を進める。
早く戻ればまだ、姫咲と一緒にアイスを食べに行けるかもしれない。
「話が、頼みが……あるの」
「ああ。聞こうじゃないか」
「うん……」
珍しく殊勝な顔をして頷くと、琥珀は決意を固めたかのように顔を上げて、俺を見つめる。
「ねえ、スズメ」
「おう」
これが琥珀じゃない美少女だったら、まさに告白現場って感じだけどなぁ。
人気のない校舎裏で、仮にも美少女と2人きり。
絶好のシチュエーション。
本来なら妄想だけでご飯3杯はいけるだろうに。
今は、ドキドキも何もありはしない。
やはり俺たちはそういった関係ではないのだ。
琥珀は小さな口をもにょもにょとしながらも、ゆっくり、はっきりと、必死に言葉を編むように。
「ワタシと、もう一回だけ……練習、しようよ」
そう、言った。
「は……? いや、え? 何だよそれ。どういうことだ……?」
「……どうもなにも、そのままの意味」
「お得意の冗談で?」
「ジョーダン、違う」
「またセッ○スするのか」
「人が曖昧にしてるのに、はっきりと言わないで。だからモテないの」
「ごめんなさい」
もっとお淑やかにいかなくてはね。
これからはお○ックス、にします。
「でも、やっぱ意味わかんねえな。俺が引き受けたのは一度だけだ。それ以上は……違うだろ」
真意の読めない要求に、俺は頭を掻きながらも見解を示す。
「べつに、1回も2回も同じ」
「違う。ふざけんなよ」
それだけは、断言させてもらう。
「どうしたんだよ琥珀。もしかしてなにか————」
「じゃあ……!」
「————え?」
この数日の間に、琥珀の身に何かがあったのではないかと、問いただそうとしたその時————突如、感情を爆発させるように琥珀は叫んだ。
「じゃあ、ワタシはどうすればいいの!? ワタシは何も……ふざけてない……!」
「ど、どうすればって……だからまずは何がどうしたのか教えろって……」
「……ワタシ、オカシイの」
「おかしい?」
琥珀は小さな胸に両手を置く。
まるで胸を押さえつけるかのように、その手は震えていた。
「スズメに触られると……ドキドキ、する。ドキドキ。ドキドキって、鳴り止まない。胸が痛い。苦しい。顔が熱い。感情が制御できない。今まで、こんなことなかったのに。あの日から、なんなの、これ……? 離れていても……やっぱり、消えてくれない……」
抱え込んでいた悩みを吐き出すように、琥珀は吐露する。
「スズメの、せい?」
「俺の……せい?」
琥珀は一歩、一歩と俺へ近づく。
そして琥珀の右手が宙を漂いながらも、たしかに、初めて、自ら俺に触れた。
震える手のひらが、俺の胸元へ置かれる。
「……確かめさせて」
絞り出すかのような、その震えた声は琥珀の感情を乗せていた。
聞こえる声から、手のひらの体温から、言葉足らずの幼馴染を補うように、俺へと伝播する。
「もう一回だけでいいから……練習、してよ」
感情の迷路を彷徨いながらも、すでに覚悟を決めたかのようなその黒い眼差しは決してブレない。
眩しい煌めきを放ち続ける。
それは春休みのあの日から何も変わっていない。
「わ、わかっ……た。……わかったよ」
だから、俺は、この不器用すぎる少女の頼みに頷くことしかできなかった。
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