第19話 一番のお友達として。

 春の入学シーズンが終わり、桜の花びらも次第に散り果てる時期。

 その日、それは偶然か、必然か。

 小さな小さな奇跡が巻き起こる。


「あら」


 黒塗りの車から降りた長い黒髪の可憐な少女は、周りを見るやいなや、驚いたように声を上げた。


「ではお嬢、お迎えが必要なら連絡くだせえ」

「ええ、ありがと」


 車が去れば、そこに残されたのは3


「あれー? あれあれー? これはまた、学園の有名人さんがお二人も。変なところでお会いしますねー」


 そのうちの1人、深窓の令嬢を思わせるような美しい銀髪の少女は、その相貌に似合わない小悪魔チックな笑みを浮かべた。


 すると、最後の1人である明るい茶髪の今どきな少女がうーんと記憶を手繰り寄せるようにして応対する。


「えっと〜、かいちょーさんと、一年生の最愛奏さいあいかなでちゃん、だよね〜?」


「そういうあなたは、姫咲萌香ひめさきもえかさんね?」


「うん。そうだよ〜」


 お互いの認識を確かめ合うように、とある一軒家の前に集まった3人の少女は頷き合う。


 それぞれの学年が1人ずつ。

 当然、3人にこれといった接点はなく、話したこともほとんどなかった。


 そんな中、まるでスキップでもするように銀髪の少女——最愛奏は萌香と呼ばれた少女へと距離を詰める。


「あのー、私ー、実は、姫咲先輩のファンなんですよー」

「ええ!? ほんとに〜!?」

「はい。ティームポップ、いつも買ってますよ。まあ、乙女の嗜みのようなものですが」

「わ〜ありがと〜奏ちゃ〜ん! 嬉しいよ〜!」

「わ、わぷっ、!?」


 萌香は喜びを全身で表すように、奏を抱きしめる。


「(な、なにこのおっぱい! 大きすぎなんですけど……!? お、溺れる……!)」


 苦しそうにもがく奏だが、萌香はまっく気づいた様子がなく、抱きしめながら嬉しそうに跳ねる。


 その度に、奏の顔はマシュマロのような柔らかい胸に埋められた。


「あの、姫咲さん」

「え〜? なにかな〜かいちょーさん」

「実は、私も読んでるわ。いつも」


 便乗するように、瑠璃るりはグッとサムズアップしてみせた。


「ええ〜! 嬉しい〜! こんなことってあるんだね〜!」

「そうね、私もびっくり……」


「まさか、2がティームポップ読んでくれてるなんて〜!」


「「…………っ!?」」


 天川くんの家。

 そう、萌香が言った瞬間にその場の空気は凍りついた。


 一瞬の沈黙。


 奏はその間に、萌香の抱擁から逃れた。


「ま、まぁ……? 私は元からとってもとっても、カワイイので? あんなの読んでも参考にはならないんですけどね……!?」


 クスッと、奏は小悪魔めいた意地の悪い笑みを浮かべるが、


「あ、ごめんね。そうだよね〜。奏ちゃんすっっごく可愛いもんね〜! 私なんか全然目じゃないよ〜!」

「え? あ、はい……そ、そうですね……?」


「うん! 私ももっと、頑張らないとだね〜! 奏ちゃんみたいな可愛い女の子のチカラにもなれるように〜!」


「そうしてもらえると私も嬉しいです……?」


 あまりにもあっけらかんと、皮肉を皮肉とも思わず受け取った萌香に、奏は呆気に取られてしまう。


 一歩引いてその場面を眺める瑠璃は心なしか楽しそうに微笑んだ。


「ふふ。2人とも良い子ね」


「は、はぁ……!? 私いい子じゃないしぃ!? いい子じゃないんですけど!?」


「大丈夫、分かってるわ。最愛さん」


 学園に蔓延する噂についても熟知する瑠璃は柔らかく笑んで、奏の肩に手を置く。


「ちょっと悪ぶりたいお年頃よね♪」


 ピキリ。

 自他共に認める悪い子なつもりの奏は雪のような肌に青筋が浮かびそうなほどに顔をしかめた。


「奏ちゃん良い子〜! 可愛い! 好き〜!」


「きゃっ!? また!? だ、抱きつかないでください〜〜!!!!」


「イヤ〜〜!」


「もう、なんなのこの人たち〜!?」


 男子には際限なく好かれ、女子には烈火のごとく嫌われる。

 それが短い人生の常であった奏には、2人のことがまったく理解できないのだった。



 ・


 ・


 ・



「それで〜、2人は何しにここへ〜?」


 それは笑顔に一切の曇りがない、素直な質問。


「わたしは天川くんのとして、今日はサプライズで遊びに来たんだよ〜」


「一番……そうなのね」

「ふーん……」


 天真爛漫な萌香の言いように、2人は少しだけ声のトーンを低めた。


「私は……スズメくんとは、お友達————いいえ、お友達とは違う……それ以上の関係ね」


「へ〜そうなんですか〜。ちなみに私は〜、せんぱいとはお互いの大事なところを触り合った仲です♡ きゃっ♡」


 それぞれが自分と彼との関係の事実を述べる。


「だ、大事なところ……ですって!?」

「そうですよ〜? え? 気になっちゃいます? お友達以上の関係の会長さんは、せんぱいとそういうことしないんですか〜?」

「そ、そういうこと……っ? は、破廉恥だわっ……」


 突然のシモな話題にさすがの瑠璃もタジタジになって、カァっと赤くなった顔を隠すようにプイと黒髪を揺らした。


「(何してるのかしら、私……。彼はただのカレシ役。この場の空気に流されちゃダメよ、瑠璃)」


 この手の話題では、ビッチな小悪魔である奏の独壇場だ。


 またしても稲妻が走ったかのような、緊張の糸が張り詰める————かと思われたが、


「そっかそっか〜。それなら問題ないね〜」

「え……?」

「は……?」


 萌香は笑顔のまま、そう言って嬉しそうに両手を合わせた。


「だって、2人にはそれぞれ天川くんとの関係があって〜、でもわたしは変わらず天川くんの一番のお友達だもん。ね〜?」


「え、ええ……そう、ね……?」


 あくまでも『友達』にこだわる萌香に、一触即発だったはずの瑠璃と奏はお互いに視線を突き合わせつつ、唖然と頷いた。


 萌香の地雷を初見で踏み抜いたのは、クラスメイトのあの少年ただ1人である。


 そうして、自己紹介を終えた3人。


「では、3人で行きましょうか。後のことは彼に任せましょう」

「そうですねー。私たち3人とも、アポなしみたいですし。仕方ないです」

「うんうん〜。じゃあ行こう〜」


 3人はそれぞれの心境の元、彼の家のインターホンを鳴らす。


 その家で、今現在何が行われようとしているかも知らずに————。

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