第20話 ……えっち♡

「ホントに今日は大丈夫なんだよね」

「両親共々、社畜根性逞しく休日出勤ですよ」


 週末の昼間。

 確実に両親がいない時間を狙って、琥珀は俺の家を訪れていた。


 緊張しているのか、顔は強張っていて、少し汗ばんでいるのがわかる。


「なぁ、マジでやるのか?」


 いつかと同じように、俺は問いかける。


「トーゼン」

「……あいよ」


 電気を消すと、カーテンの締め切られた部屋は薄暗闇に包まれた。


「まずはどうすればいい?」

「2回目になっても、成長しない」

「オマエの要望を確かめてんだよ……これも前と同じだな……」


 恥ずかしくなって頭を掻くと、琥珀は少しだけ目元を緩めたように見えた。


「うん。前と同じでいい。同じようにして」

「そっか」


 1回目と同じということは、まずは……


「じゃあ、まず服だな」

「うん」

「前もだけど、なんで俺が脱がすんだ?」


 そういう事もあるだろうが、それが鉄板というわけでもないだろう。

 むしろ、慣れていない2人なら脱がせるとか難易度高いのでは、という未だ普通が分からない非童貞2週間目の感想。

 教えてエロい人。


「男は女の服を脱がせる時に一番興奮するって、おばあちゃんが言ってた」

「ああ……そう。あのババアが」

「ババア言わない」

「へいへい」


 猫村家のお婆さまがそう言ったのなら、仕方ない。


 俺も脱がせるの好きだし! お婆さま神!


 服の上から、琥珀の身体に手を触れる。


「んっ……」


 ピクリと震えた琥珀だったが、手を払い除けられるようなことはなかった。


 ゆっくりと、手間取りながらも服を脱がしていく。


 ああもう、どうしてこう女の服って意味わからん構造してるの!?

 この作業が俺にとっての一番の練習だよ!? 為になるよ!?


 脱がせるのは大変素晴らしいが、興奮するためにはある程度の経験値が必要らしい。

 じゃないとテンパリすぎて寿命が縮むだけだ。


「よ、よし……」


 暗闇の中で、一糸纏わない琥珀の姿が露わになる。


 相変わらず、性格と胸の大きさ以外は非の打ち所がない。


 少々複雑な感情とは裏腹に、それは劣情を煽った。


 脱がせたら次は……


「んっ……ちゅ……」


 唇への、キス。


 ただ唇と唇が触れ合う。それだけのことなのに、頭がおかしくなるんじゃないかというくらいに心が昂っていく。

 甘くて、しょっぱくて、イヤらしい。


「あっ、スズメ……ん、あっ……ちゅぷ……れろ……」


 何度か啄むようなキスを繰り返して、それは次第に濃厚なものへと変わってゆく。


 そして、お互いの口元が唾液に染まってべちゃべちゃになり……


「じゃあ、そろそろ……」

「うん……」


 されるがままにベッドへ寝転がる琥珀。


 俺はその小さな身体に覆い被さり————


 ————ピンポーン!


「へ…………?」

「にゃ、にゃに!?」

「いってえ!? 何すんだコラ!?」

「つぅ………〜〜〜〜っ!」


 まさにこれからという時、来客を告げるインターホンが鳴り響いた。


 驚いた琥珀は身体を跳ね上げさせ、俺の額に渾身の頭突きがヒットする。


「おい、大丈夫か……?」

「だいじょばないぃ……いちゃい……」


 だよなぁ……俺もクソ痛い……。


 しかしその間にも、再度インターホンが鳴らされた。


「ちっ。しゃーない出てくる」

「うん…………」


 頭を押さえて悶える琥珀を置いて、俺は玄関を目指した。




 ◇◆◇




「うげ……」


 玄関の戸を開け、来客を招き入れると思わずそんな声が漏れた。


「あ、やっぱりいた〜。天川くんこんにちは〜!」

「こんにちは、スズメくん」

「こんにちはー。触りっこぶりですね、せんぱぁい♡」


 3人はそれぞれ、きっちりと挨拶を済ませると笑顔を浮かべた。


 訪れたのはまさかの、姫咲、立花先輩、最愛の3人。


 美少女が3人も天川家の敷居を跨ごうとしている……だと!?


 この家、明日には燃えるかもしれんな。


 彼女らのファンによって燃やされるだろう。


 と、明日を憂いながらも本当ならテンションマックスなところなのだが、今だけはそれどころじゃない。


 何しろ俺は今、幼馴染の猫村琥珀と行為に及ぼうとしていたのだから……!


 バレたら一巻の終わりだ。


「よ、ようこそおいでくださいました御三方。ほ、本日はどのようなご用件でしょう?」


「遊びに来たの〜!」


 まずは姫咲が無邪気にそう答える。


 他の2人もそう変わらない目的のようで、同意するように頷いた。


 ほほう? 歓迎しよう。普段ならな!


「ふむ……」


 1人、平然とやべえのが紛れているな。


 奴のアカウントはきっちりかっちりブロックしているし、あの日から会話のひとつもしていないのだが……


「そもそも、オマエはなんでウチの場所知ってんの? ストーカー?」

「え〜? そんなのちょーっと学園の先生に聞けば教えてくれますよー? 言ったじゃないですか、下調べはする方だって。先輩の個人情報ならお任せあれ♪」


 プライバシーーーー!!!!

 ビッチに懐柔された一般男性教師は今すぐクビにしろ!

 どんな羨まけしからんことをされたのか今すぐ吐かせてやる!


「このビッチめ……」

「え? 褒めました? 照れますねー♪」

「もう知らんオマエ……」


 しかして、どうしたものか。

 最愛1人なら無理やり追い返すのもいい。むしろそれが最善だし、今のような緊急事態でなくともそうしている。


 だが、立花先輩と姫咲までそうやって帰ってもらうのは非常に忍びない。


 せっかく来てくれたのだから、お茶でも飲みながらキャッキャウフフしたい。


 まぁ、そんな欲望は置いておいて今は帰ってもらう方法を考えるべきなのだが————その時、背後から足音が聞こえてきた。


「スズメー? 遅いけどどうかした————にゃっ!?」


「バッッッッ、おま…………っ!!」


 止めようとするも、時すでに遅し。


 琥珀は玄関の3人の姿を確認した瞬間、脱兎のごとき勢いで奥の部屋へ引っ込んだ。


 あまりに一瞬の出来事に、場が静まり返る。


「あ、あは。あははは。ちょっと、あの、座敷童かな?」


「あの子……猫村さんよね? 彼女も来てたの? ……そっか、幼馴染だものね」

「琥珀ちゃーん! 萌香だよ〜! あれ〜? 出てこないね〜?」


 あれ、意外と大丈夫そうな反応。


 そうか、服も着直していたし、幼馴染なら別に家にいても不思議というほどでもない……か。


 しかし姫咲さん、琥珀を呼ぶのはやめてやってくれないか。

 やつはたぶん今、羞恥で死ぬ一歩手前だ。ひとりにしてやってくれ。


「でも……そうね、猫村さんがいるから少し慌てた顔をしていたのね。スズメくん」

「へ? い、いや……そ、そうっすか? 先輩が会いに来てくれて俺めっちゃハッピーですけど!?」


 あ、口が勝手に……。

 ……本当に、こんな日じゃなければと思わずにはいられない。


「もう、汗かいてるわよ?」


 優しく微笑んだ先輩は俺の首元の汗をハンカチで拭ってくれる。


「琥珀さんとは何をしていたの?」

「そ、それは……その、そう、勉強、です! はい!」


 保健体育の!


「そう。あなたが教えてもらっていたのね。偉いわ」


 え? なんでそうなるの?

 心外。スズメくん心外です。


「さて、それじゃあ先客もいらっしゃるようだし、残念だけど今日のところは解散としましょうか」


 汗を拭い終え、ハンカチをしまうと先輩はみんなをまとめるようにそう言った。

 

 さすが先輩……話が分かる……!


 なんとか丸くおさめることができそうな気配が漂ってきた。


 この場に蔓延る1人の邪悪な存在を除いて。


「えー? べつにいいじゃないですかー? お邪魔させてもらいましょうよー。せっかく来たんですから、ね?」

「コラ最愛さん。わがまま言わないの」

「でもー……」


 先輩に嗜められた直後、最愛は俺の方へスッと一歩進み出る。


 そして耳元へ口を寄せた。


「ねぇせんぱぁい、猫ちゃんと2人で、本当は何してたんですかぁー?」

「いや、だから勉強だって……」

「うっそだー。だってぇ、猫ちゃんの服、はだけちゃってましたよ?」

「うぐっ」

「他の2人は気づかなかったみたいですけど、私の目は誤魔化せません」

「ちょ、ちょっと暑かったからな。ははは!」


 大袈裟に笑い声を上げてみせると、最愛はニヤリと悪巧みでもするように蠱惑的に笑む。


「……えっち♡」

「うひぃ……!?」


 耳元へ囁かれて、ぞわりと背筋が凍る。


 コイツ……やっぱり全部分かってて……!?


 最愛は俺の動揺を誘うかのように、クスクスと楽しそうに笑った。


 それは言外にこう言っている。


 家に入れてくれなきゃ、このことを2人に言っちゃいますよ、と。


「わかった! わかったよ入れればいいんだろ入れれば!」


 やけくそになって俺は叫ぶ。


「え? スズメくん?」

「いいの〜? お邪魔にならないかな〜? 幼馴染との時間も、大切だって思うよ〜?」

「そうよ。あなたの予定を聞いていなかった私たちも悪いのだし……」


 帰宅ムードだった2人が俺の突然の手のひら返しに驚きながらも、気遣うような言葉をかけてくれる。


 なんて優しいんだ……すべてはその邪智暴虐なるビッチが悪い!


 睨みつけると、最愛はより一層嬉しそうに笑みを深めた。


「気にせずどうぞ上がってください! さあ、はやく!」


 小悪魔ビッチの卑劣な謀略により、俺は3人を家にあげることになったのだった。


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