第40話 聴いてくださいっ。

「みなさん、本日はお集まりいただきありがとうございます。生徒会長の立花瑠璃です」


 立花先輩が黒髪を揺らしてステージに立ち、司会を始める。


 俺と姫咲は体育館の後方で待機していた。


 ここからなら、全体が見渡せる。


 参加者間のトラブルにも対処できるだろう。


 しかしそんなトラブルの様子もなく、生徒たちは先輩のちょっぴりお堅くも、聞きやすい司会挨拶に聞き入っている。


 一通りの説明を終えると、先輩は話の流れを切り替えるように微笑んだ。


「それでは、私の退屈な話はこの辺で。ここからは本日のメインイベントを担当する一年生のお二人に登場していただきましょう」


 そう、ここからはステージ横へ控えていた彼女たちの出番。


 俺たちが集められた当初、新入生歓迎会には告知以外にも一つの問題が発生していた。


 歓迎会の余興として予定していたステージイベント。

 それに参加してもらうはずだったアーティストの都合が合わなくなってしまったのだ。


 開催一週間前に空白が生まれてしまった歓迎会。


 その穴埋めを考えるというのが、俺たちお試し生徒会に課された本当のミッション————だったわけなのだが。


『あ、じゃあ私と猫ちゃんがライブしますよー』


 いざ頭を存分に悩ませようという時、最愛はあっけらかんとそう言った。


『一年生の人気どころが歌って踊るなんて、アーティストを呼ぶのと同じくらい盛り上がりません? ね? 猫ちゃん?』


『いや、それはさすがにダメだろ……』


 新入生のためのイベントなのに一年生2人にそんな大役を任せるのは本意ではない。

 元々、2人には当日は一般と同じように参加してもらうつもりだったのだ。


 立花先輩と視線で頷き合う。


『そもそも、琥珀にそういうのは無理だ。コイツの性格知ってんだろ?』


 ツナ缶に夢中な幼馴染の頭に手を置いて主張する。


『猫ちゃん、ダメですか? 幼馴染さんは、猫ちゃんにはムリだと言ってますが』

『…………(はむはむはむ)』

『私的には歌うのなんて何でもないですし、みんなの人気者な猫ちゃんなら快くオーケーしてくれると思ったのですが。そうですかできませんか。私は余裕でできるのに』

『……………………(ピタッ)』


 琥珀の手が止まる。


『わかった。やる』

『きゃっ。やった! それじゃあ立花先輩、そういうことで、よろしくお願いしま〜す♪』


 そうして、最愛の素晴らしい提案(十中八九、琥珀への嫌がらせ)により、メインイベントとも言える余興が誕生した。


 ウチの猫には何よりも煽り耐性が足りないらしい。


 新入生のためにと先輩が作り上げたこの舞台、盛り上げてくれるのは奇しくもその新入生の中心2人、ということになったのだ。


「こんばんはー! みんなの大天使、最愛奏ちゃんでーす!」


 先輩が促すと、まずは最愛が元気よく駆け出してくる。


 続いて琥珀(ver.2 猫被り天使)。


「待って待って! 天使はワタシなんだけど!? そもそも衣装が真逆だから!?」


「え? 猫ちゃんったら自分が天使とか思ってるんですか? 恥っずかしいー」


「そっちが先に言い出したよね!?」


 だれぇ?

 猫被りどころかキャラが違うよぉ……う……あ、ヤバい。急に吐き気が……。


 俺の心痛とは裏腹に、登場早々小気味良い2人の掛け合いに会場が沸き立つ。


「ああ……夢にまで見た天使と悪魔の共演……!」

「尊い」

「うひょひょひょひょひょう!!!!」


 2人のステージイベントを大々的に宣伝していたためか、参加生徒に男子が多い気がするのはご愛嬌。


「わ〜、琥珀ちゃんも奏ちゃんも可愛い〜!」


 隣の姫咲が盛り上がっているのに参加してくれた数少ない女子にも高評価ということにしておく。


「そういえば猫ちゃん自己紹介してなくないですか?」

「あっ! ご、ごめんなさい! 一年の猫村琥珀です! 本日はよろしくお願いします!」


 慌てながらも大きくお辞儀すると、拍手喝采が会場を包む。


 俺はおトイレに行きたいけれど持ち場を離れるわけには……ぐぬぬ……。

 

「てゆーか自己紹介とかどうでもいいんですけど、私たちの衣装明らかに逆じゃありません? なんで私が悪魔なんでしょうねー?」


 そう言ってヒラヒラと見せびらかすように衣装を揺らす最愛。

 このステージにおいて、最愛は小悪魔の、琥珀は天使の衣装に身を包んでいる。


 銀髪悪魔と黒髪天使という何もかもアンバランスな組み合わせ。


 しかし衣装は布面積が少なく、お臍が丸出しで控えめに言ってエロい。


 目の保養だけは完璧だ。

 できれば最前列へ行きたい。行かせてくれ。


「そもそも、一年生の私たちがこんなことしてるのも意味分かりませんし。もうバックれちゃいますー? ねー猫ちゃん」


「衣装もこのステージもぜんぶ奏ちゃんの提案だけどね……」

「あれ? そうでしたっけー?」


 2人が発言するたびに、会場にドッと笑いが起こる。


 俺としては見ていられたものじゃないが、今のところはたまに入る最愛のアドリブ以外予定通りだ。


「まぁいいですけど。そろそろ本題入りません?」

「さっきからそんなのばっかだよね奏ちゃん……話が飛びまくりだよ……」

「人生適当なくらいでいいのです。ってことでー、猫ちゃんとの戯れもこの辺で! ここからは私たちが適当に歌っちゃうぞー!」


 ————ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!


 待ってましたと言わんばりに盛り上がるは最高潮を迎え、曲のイントロが流れ始める。


「ユニット名はダークエンジェルズ!」


「それ2人とも堕天してるよね!?」


「いいじゃないですかー堕天するって気持ちいいんですよー? ほれほれー♪」


 手をワキワキとさせらながらいやらしい表情で最愛が琥珀に近づいていく。


「なっ、え、ちょっと奏ちゃん!?」


 はい、完全なるアドリブ入りましたー。


 最愛は琥珀の背後に周り、舐めるように身体へ手を回していく。


「ほーら気持ちよくなりましょうー? 堕ちていきましょうー? なでなでー♪」

「ど、どこ触って……」

「あはぁ、相変わらず貧相な身体ですねぇ。揉み揉みしちゃいましょうかー?」


「この、キ、キサマ……っ」


 あっ…………。


 琥珀の目つきが鋭いものに変わる。


「ヤバっ……」


 思ったのも束の間、ステージの暗幕が間一髪のタイミングで下されていく。


 流れ始めていたBGMもゆっくりとフェードアウトした。


 裏方のシュンの仕事だ。

 ナイス!


「ふべしっ!?」


 打撃音と共に小さな悲鳴が響き渡る。


 それから数秒の沈黙の後、暗幕が上がった。


 その先に立っていたのは焦った様子の琥珀と、鼻に詰め物をした涙目の最愛。


「そ、それでは、ワタシたちの歌、聴いてくださいっ」


 今度こそ、2人のライブが始まった。


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