第39話 そんなに頭を撫でるのが好きなら

 新入生歓迎会当日。

 夕方6時前。歓迎会は夕方から夜にかけて行われる。

 生徒の入りは上々。体育館には一年生を中心に、2、3年生も集まっていた。


 先輩の弟である立花藍たちばなあいや、空井ガールの白兎柊翠しらとひすいの姿も確認できる。


 最終確認もかねて生徒会メンバーはステージ裏に集合していた。


「大丈夫か? 琥珀」


 に身を包んだ琥珀へ手を伸ばすが、ペシと払われる。


「ダイジョーブ。なんともない」

「いやいや。そう言わずに」

「いらない」


 また手を払われる。

 なんとこの幼馴染、ナデナデさせてくれる気がないらしい。


「……実はな琥珀、俺はめちゃくちゃ緊張しているんだ。オマエの頭を撫でないと、何をしでかすか分からない。体育館の爆破くらいなら余裕でする」


 真面目な顔を作って琥珀に迫る。


「だから、頼むよ」

「……そ、そういうことなら、仕方ない」


 ぷいと顔を逸らされたが、ゴーサインが出たらしい、


「サンキュー」

「なっ……んにゃ……っ」


 わしゃわしゃと思う存分撫でる。


「頑張るなよー。ふつうに。適当に。ある程度で。ミスは100まで許そう」

「ナニソレ……意味わかんない」

「気軽に気軽に。琥珀はいつも肩にチカラが入りすぎだ」

「ムゥ……」


 お試し生徒会結成から、歓迎会まで。一度たりとも俺を頼ろうとしなかった琥珀。


 だけど、これくらいはいいだろう。


 大舞台を控えた幼馴染のチカラを抜くように、俺は適当な言葉を繰り返した。


 すると、少しだけ琥珀の身体の震えがおさまったような気がした。


「あー、猫ちゃんばっかりずるーい! 私も私もー! 頭ナデナデしてください!」


 琥珀と同じく衣装に身を包んだ最愛が寄ってくる。


「は? いやオマエは必要ないだろ」


 週末はに付き合わされたが、特に言うこともないレベルで完璧だった。

 緊張するようなタマでもあるまい。


「ありますー! てゆーか、猫ちゃんだけなんて不公平だと思いません? 今日は私だって頑張るんです!」

「ま、まぁ……それは……」

「では、どうぞ!」

「お、おう……」


 銀髪が揺れて、目の前に最愛の頭が向けられる。


「でへへぇ……いいですねぇこれぇ。何か気持ちよくなるお薬でも入ってるんですかぁ?」

「俺の手にそんな効果はねぇ! もういいだろ!」

「あ、せんぱぁい。もうちょっとー。ねー?」


 物欲しそうな顔をして擦り寄ってくる。


 何こいつ。ちょっとサカってない?


「ねえねえ〜天川くん〜。わたしも〜」

「え?」

「わたしも、緊張するな〜。すご〜く、するな〜」


 甘えるように指を咥えながら、姫咲が身体を寄せる。


 右に最愛。左に姫咲。


 完全なる両手に花状態。


「撫でて〜?」

「し、仕方ないな……」

「えへへ〜。気持ちいい〜♪」


 世界一可愛い生物、ここに誕生。

 

 これなら一生撫でてあげちゃう。


「姫咲先輩までずるいー。私も私もー」


 最愛がさらに頭を寄せてくる。


 と、空いていた中央に小さな影が入り込んだ。


「じゃ、じゃあワタシも……」

「なに琥珀まで便乗してるの!?」

「べ、べつに……な、撫でないなら、いいし……ぷい」

「撫でる! 撫でるよもう! 手は2本しかないから順番な!」


 女子ばかりの生徒会メンバー故に肉体労働を一手に担っている俺のお腕様が過労死するわ。


 しかしまぁ、これでみんながベストパフォーマンスを引き出せるなら悪くはない。


 ん? みんな?


 そう思った瞬間、背後から制服が引っ張られる。


「え? 先輩? どうかしました?」

「え、えっと、その……」


 先輩は珍しく言葉に詰まった様子で、ソワソワと長い黒髪をイジる。


「あ、緊張感なさすぎですよね。すみません」

「いえ、そ、それは全然いいのよ?」


 モジモジとしながら、視線をチラチラと彷徨わせる先輩。


 その視線は、俺の手に注がれているように見える。


「あの」

「え、ええ。なにかしら」

「もしかして先輩も撫でてほしいんですか?」

「スズメくん……!」


 パァっと顔を輝かせる先輩。

 しかしすぐにコホンと咳払いして、表情を引き締めてしまう。


「い、いえべつに? 私は緊張なんてしていませんし、必要ありません」

「あ、あー、そ、そうですよね? すみません……」


 会話を急ぎすぎたかもしれない。

 いきなり核心に触れず、もっと遠回りに攻めればよかったか……?


 一瞬伸ばそうとした手を引っ込める。


「あっ……」


 すると先輩はあからさまに残念そうにその手を視線で追った。


 やっぱり撫でてほしいようにしか見えない。


 でも、後輩の身で俺から頭撫でましょうかなんて言いにくい。


「よし」


 先輩から目を逸らし呟くと、俺は3人の頭を撫でることに集中する。


「んにゃぁ……♪」

「でへぇ……♡」

「えへへ〜♪」


 順番に撫でると、3人はそれぞれに蕩けた表情を見せる。

 緊張した様子はもはや一切なく、身体は弛緩しきっていた。


「あ、あのっ、スズメくん」

「え? あ、はい。今度はどうしましたか?」


 先輩が苦しそうに瞳を彷徨わせて、頬を染めながら顔を寄せてくる。


「あの……わ、私も……その、あ、頭を……な、撫で……撫で……」


 少しずつ言葉を紡ぐのだが……、やはり後ちょっとというところで恥ずかしさに負けたのか、先輩は腕を組み、顔を逸らした。


「そ、そんなに頭を撫でるのが好きなら、私も撫でられてあげてもいいですよ!?」


「……へ?」


「わ、私はべつに撫でられたくありませんが、し、仕方なく! スズメくんがどうしてもと言うなら!」


 …………ツンデレ?


 立花先輩はツンデレ属性に進化した!


 羞恥からぷるぷると身体を震わせ、目尻に涙を浮かべながらも、気丈に振る舞おうとしている。


「……なにこれ可愛い」

「な、なによぉ……」


 グッと涙目で睨まれる。


 俺は何でもないと首を振った。


 それから、やっとのことで提案をする。


「頭、撫でさせてもらってもいいですか?」


「ええ、もちろんよ♪」


 先輩は心底嬉しそうにに笑顔を輝かせる。


 すると3人に加わるように、俺の元へ擦り寄った。


 美しい黒髪へと手を伸ばし触れると、堪らない様子で先輩は声を漏らす。


「……っ……あっ、んん……♪」


 なんかエロくて興奮した。




 ・


 ・


 ・



「じゃあ、行ってくるね。スズメ♪」


「なにキモ!? うえぇ……」


 身も心も天使装備を纏った幼馴染に吐きそうになる。


「ふんっ!」

「ぎゃん!? このエセ天使かぁ……」

「うるさい。スズメが酷いこと言うから悪い」

「ごめんなさい」


 俺が悪いね。

 でも、俺の気持ちも分かって? 

 琥珀ちゃんのキラキラ笑顔を見ると身体中に悪寒が走るの。


「バカやってないで早くしてくださーい。もうすぐ出番きちゃいますー」


 最愛がステージ脇から声をかけてくる。


「今度こそ、行ってくるね」

「おう。行け。行ってブチかましてこい」

「…………うん」


 新入生歓迎会が始まる。




〜〜〜〜〜〜〜




撫でられたいのもあったけど、実はみんなに混ざってわちゃわちゃしたい気持ちも大きい先輩。

でも声がえっちだったのでナデナデ会は先輩が加わった直後に慌てて閉会したとかなんとか。


「ぐすん。なんでぇ……?」


 歓迎会開始2分前、司会を務めるためにみんなと別れたボッチ先輩はひとりハンカチを濡らしましたとさ。ちゃんちゃん。

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