第29話 ツナ缶食べ放題……!
「琥珀ちゃん来ないね〜」
長机の一席に座る姫咲がぷらぷらと足を遊ばせながら何気なく呟く。
放課後、生徒会室には俺を含めた4人がいた。
————生徒会に入りませんか?
先日のそんな立花先輩の提案に従い、俺たちは集まった。
「もういいんじゃないですか? やる気のない人はいらないのです」
「オマエもやる気ないだろ……」
「せんぱいのためなら何でもします♪」
擦り寄ってくるのは今朝ぶりの最愛。
ええい鬱陶しい近づくな。
「でも……そうね。仕方ない、わね。わかりました。それでは————」
「ちょっと待ってくれますか?」
「スズメくん?」
立花先輩の言葉に横槍を入れる。
「探してきます……いや、今日はもう無理か……。日を改めませんか? 俺がどうにかするんで」
「日を……それはちょっと……」
先輩は少しだけ悩んだ様子を見せる。
しかしその後、こくりと頷くと微笑んで俺を見た。
「わかったわ。でも、明日までよ。それで大丈夫?」
「問題ありません」
その日はそのまま解散となった。
◇◆◇
夜。
「あん?」
通知音を聞いてスマホを開いたのだが、そのメッセージの差出人を見て顔をしかめる。
『今度、お弁当作ってきますね♡』
差出人の名は、最愛奏。
は? なんでブロック解けてんの。怖いんだけど。
先日家に集まった際にでも弄られたか?
でもいいもんね。
ストーカー女は今すぐ再ブロック、と。
「は?」
ブロックしようとした瞬間、立て続けにメッセージが送られる。
『またブロックしたら、色々と口が滑ってしまうかもしれません。猫ちゃんとのこと、とか』
『ごめんなさい。もうしません』
『これからは、たくさんお話しましょうね?』
『おやすみ』
『今夜は寝かせません♡』
実のない話に延々と付き合わされた。
◇◆◇
「さてと。こんなもんかな」
翌日。
俺は放課後一番に、とある準備を進めていた。
その光景を最愛が胡散臭そうに見つめる。
「うわぁなんですかぁこれ。せんぱいもしかしてふざけてます?」
「ふざけてないんだなぁこれが」
至って真面目の大マジである。
「まあ見ていてくださいな」
立花先輩と姫咲にもそう言って、俺はニヤリと笑ってみせた。
その数分後————
「かかった……!」
廊下の陰から見つめる俺の視線上に、琥珀は現れた。
琥珀は楕円形の物体をひとつ拾って、しっかりと握りしめた。
それは琥珀の大好物、ツナ缶である。
そして周りを見渡した彼女の視界にはさらに、もう一つのツナ缶が。
その先にはもう一つ、もっと先にも、また……無数のツナ缶が転がっている。
ふらふらと、誘われるように琥珀は歩き出す。
ツナ缶を一つ拾っては満足そうに頷いて、また次を求めて進行を開始する。
そうなってしまえばもうこっちのものだ。
俺は先回りするように、別の道を通ってそこへ向かう。
そう、ツナ缶ロードの行き着く先————生徒会室だ。
そしてまた、数分もした頃には……
「ようこそ、美浜学園生徒会へ。一年生の天使さま」
琥珀は両手いっぱいにツナ缶を抱えて、開け放たれた生徒会室へと足を踏み入れていた。
俺は欠かさず、生徒会室の扉を閉めて鍵をかける。
「うわぁ、本当に来ましたよ……ちょっと引きますね……」
「来ちゃったわねぇ。ふふっ、可愛い」
「琥珀ちゃんようこそ〜」
3人がそれぞれの面持ちで琥珀を迎える。
「え……? ワタシ……何して……え、ココ、生徒会室……?」
ポーっとしていた琥珀の視線に光が宿り、立花先輩、姫咲、最愛それぞれを捉えて、最後に俺へと注がれる。
そして、ギリッと歯軋りするような音が生徒会室に響いた。
「た、謀ったな…………っ!」
「まぁ、そういうことだ」
「ツナ缶は渡さない……! シャー……っ」
完全に俺を敵と認識した琥珀はツナ缶を守るように身体を丸めて威嚇する。
「いや、それはいらんよ……元からオマエにやるつもりだし」
「ウソ……ッ。……ツナ缶がいらない人間なんていない」
「たぶんオマエが特殊なんだ」
「……ホントにもらっていいの?」
「ああ。もちろん」
「やった……っ。ツナ缶食べ放題……!」
嬉しそうに頬を緩ませる琥珀。
それは珍しくも可愛らしく、微笑ましい。
「その上、今なら特別サービス。生徒会に入ればツナ缶一年分プレゼント! さらに生徒会室ではいつでも食べ放題! どうだ!? 生徒会に入りたくなっただろう!?」
「それはムリ」
琥珀は一瞬にして表情を改める。
「ぐぬぬ……」
そう甘くはないか。
しかしまぁいい。
生徒会室まで連れてきた時点でツナ缶は十分に役目を果たしたといえよう。
「……そのツナ缶に免じて教えて欲しいんだが、昨日はどうして来なかった? どうして生徒会に入りたくない?」
「……べつに。ワタシにはワタシの目的があるから。スズメは分かってるでしょ」
「まぁ、そうだな」
「生徒会に用はない。立花会長にも、何度も言ってる」
頑なな琥珀。
そうくると言うのなら、是非もなし。
「……本当にそうか?」
ツナ缶を抱えながらも警戒態勢へと入ってしまった琥珀へ、俺は両手を広げて語りかける。
「ここにいるのはこの前ウチで遊んだ連中だけだ。ここでなら、オマエは猫を被らなくていい。気を抜いてもいいんだ」
「そんな場所必要ない。ワタシはちゃんとやれる」
「ここでまったりと、心ゆくまでツナ缶を食べるのも悪くないと思うけどなぁ。…………まぁ、そうだよな。琥珀は強いし、コミュ力も抜群になったみたいだし、そんな息抜きとか必要ないか」
「いきなり何言って……」
「でもさぁ」
一歩二歩と琥珀へ近づき、頭を撫でる。
後退るように、少しだけ逃げようとするが、すぐ後ろには扉がある。
両手が塞がっていて、手も使えない。
されるがままに、琥珀は頭を撫でられた。
「俺は琥珀がいないと寂しい。この前遊んだ連中の中でオマエだけ仲間外れってのも嫌だし、せっかく同じ学校に通ってるのにまったく話せないってのもなぁ……」
「スズメ?」
「ここでなら、素のオマエと話せる。仲良くしてくれるやつもいる。喧嘩できるやつもいる」
「素の、ワタシと…………?」
琥珀は不安そうに視線を彷徨わせる。
すると立花先輩と姫咲は優しく微笑んで視線を受け止めて、最愛はフンと顔を背けた。
ワタシは、————になりたいの。
俺にとっても何かが変わってしまった、春休みを思い出す。
「オマエの目的のために何が本当に良いことなのかなんてバカな俺にはわかんねえけど、オマエが自分を変えようとしていること自体は、きっと正しいんだと思う」
そう思うから、俺は春休み、琥珀に協力した。
自分の殻を破るかのように、あの生徒代表挨拶から、琥珀は今までと違う人間になったのかもしれない。
それを見て、驚くと同時に……心配になった。
その懸念と、俺の心の浮つきがこの前の言い合いの原因となった。
「でも……俺は、なんつーか、素のオマエに慣れてるからそっちの方がしっくりくるっつーか……学校でのオマエはやっぱ気持ち悪いっつーか……!」
「き、キモチワルイって……っ」
「とにかく、俺は普段の琥珀の方が好きだ」
「へっ…………?」
琥珀の顔がボッと火がついたように赤くなる。
「だから、生徒会に入れ。ここでは素でいろ。……ダメか?」
「…………………」
生徒会室に沈黙が流れる。
グラウンドからは部活動を始めた運動部の声が響いてくる。
遠くの教室から、吹奏楽部の演奏がこだました。
「…………じゃない」
「え?」
琥珀はゆっくりと、首を横に振る。
「ダメ……じゃない」
「じゃあ……いいのか?」
「………………うん。スズメがそこまで言うなら、仕方ない」
「そっか。サンキュー」
もう一度頭を撫でると、琥珀は赤い顔のまま頷いた。
きっといつか、偽物は本物になれる。
だって世界は偽物で溢れていて、それでも誰もがその中で自分だけの本物を見つけていて。
もしかしたら、始まりはどんなことだって偽物で、誰かの真似事で、空想の延長で、贋作でしかないのかもしれない。
だけどいつか、偽物と本物は混ざり合い、かけがえのない何かになるのだと思う。
その境界は、曖昧でしかないものなのだ。
琥珀はそれを今、始めたばかり。
しかし不器用な彼女は極端にすぎる。
だからきっと、こんな場所があってもいい。
おかしいな。俺と琥珀はただの幼馴染で、それはアニメなんかの物語で言うところのそれではなく、リアルそのもの。
冷めきったものであったはずなのに。
どうして、俺はこんなことをしているのだろう。
「コ、コホンッ。そろそろ、いいかしら?」
「え? あ、はい。すみません長々と。もう大丈夫です」
「猫村さんも、本当にいい?」
先輩が尋ねると、琥珀は言葉なく頷いた。
それを見て、先輩は満足そうに微笑む。
席に着くと、琥珀はなぜか俺の膝の上に座った。
そこ、気に入ったの?
聞く暇もなく、琥珀はツナ缶を開けるとどこからかマイ箸を取り出しつつき始めた。
この状態の琥珀に話しかけて返事が戻ってくる確率はおよそ20パーセントほどである。
「ごめんなさい。ちょっと時間が押しているものだから、さっそく始めさせてもらいます」
「時間?」
疑問が浮かぶが先輩はそのまま、宣言をするように高らかに告げる。
「これより第一回、美浜学園お試し生徒会活動を始めます!」
俺たちの生徒会活動が始まった。
美少女の中に、黒一点。
琥珀が人前で力むことなく、ツナ缶をはむはむと口へ運ぶ。
この景色はなかなかに悪くない。
我ら、美しき先輩のために身を粉にして働く所存!
どんなことでも、なんなりとご命令ください!
女王様チックだと更に捗るでありまぁす!
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