第30話 こう見えて私は、
美浜学園では生徒会選挙において、生徒会長のみが選出される。
そして生徒会長が自ら、役員に相応しい、信頼に足る生徒を役員として勧誘するのだ。
それが代々続く伝統だった。
しかし去年の生徒会選挙にて圧倒的な支持を得て生徒会長へ就任した立花先輩は役員を持つことをしなかった。
すでに約半年、たった1人で生徒会の運営を行なっていたのだ。
「あのー、そもそも立花先輩は役員いらずの完璧生徒会長様って聞いたんですけどー、私たちって必要なんですかぁ?」
形式的に始まった1回目の生徒会活動。
それは最愛の質問で口火を切った。
「基本的には1人でも生徒会の運営は出来ます。普段はそこまで忙しいわけでもないし、大きな行事の際には実行委員会が設置されますから。でも、だからといって1人で良いというわけではないわ。だって、1人だと、その……」
長机に座る俺たち4人の前に堂々と立っていた先輩は、恥ずかしそうに視線を逸らす。
「さ、寂しいじゃない…………」
予想だにしない先輩の告白で、生徒会室になんとも言えない沈黙がおりる。
「はぁ。そーなんですねー」
まぁ、一人で使うにはこの生徒会室、広いもんね。寂しいよね、分かります。
「う、うぅ……」
さらに顔を赤くして縮こまる先輩。
なんだよ可愛いなぁ。これがギャップ萌えか。
「で、でも〜、それならどうして選挙が終わった後すぐに役員を選ばなかったの〜?」
それは当然浮かぶ疑問だ。
先輩には、本当は人付き合いが好きではないという噂もあるが……今の反応からしたらそれは大きな間違いとしか思えない。
「先輩、友達たくさんいるじゃないですか。適当に選べば良かったのでは?」
ツナ缶に夢中の琥珀の頭を撫でながら尋ねる。
コイツ、話なんも聞いてないだろ……。
「それは……」
先輩は言葉を探すように言い淀む。
「その……何か勘違いしているようだけど、私、友達いないわ……」
「は?」
おそらく、俺以外もアタマにクエスチョンマークが浮かんだことだろう。
「いやいやいや。先輩みんなから好かれてるじゃないですか。人望厚いじゃないですか。学園内でも、いつも誰かに囲まれてません?」
「それと友達とは……違うと思うわ」
「え、あ、いや、それは……うーん?」
「…………私、クラスメイトに遊びに誘われたこともないもの」
「…………なんですと?」
一体全体どういうことでい?
「それは……」
……いや、少しだけ分かるような気もする。
一部では、完璧超人にすぎる先輩はもはや尊敬を超えて崇め奉られているとかいう話もある。
高嶺の花すぎるんだ。
今でこそ普通に会話しているが、立花先輩は自分とは違う世界の人間————そんな認識は俺にだってあったかもしれない。
だからこそ、信頼されながらも、先輩と生徒たちとの間には言いようもないような距離が自然と生まれてしまうのではないだろうか。
「だから、この前はとても楽しかったの。まるでお友達みたいに、みんなと遊ぶことができて……」
「な、なるほど……」
儚く笑む先輩に、俺は何も言えなくなってしまう。
言葉は浮かばないから、今すぐ飛んでいって抱きしめても良いだろうか。
好感度が足りなくて平手打ちされるな。
「さて、これで疑問は解消されたかしら。驚いた? こう見えて私は、役員に誘える人もいなかった、お友達ゼロ人のボッチ生徒会長なの」
先輩は自虐するように悲しく微笑んで話を打ち切ろうとする。
どうしよう。
俺の質問がキーとなって、生徒会室の雰囲気がビミョーな感じに……。
と、その時、ダンと音を立てて姫咲が立ち上がった。
「だ、大丈夫だよ〜!」
グッと両手を握りしめて力強く頷く。
「わたしだって今は天川くんしかお友達いないし〜、一年生の時はゼロ人になったこともあったもん〜!」
「…………まぁ私も、女子からは嫌われてて、男子は友達ではないですし。よく考えなくても友達いませんねー」
「ワタシも、トモダチって正直よくわからない」
姫咲に続くように、最愛や琥珀までもが口々に気遣った様子を見せる。
「姫咲さん……みんな……」
先輩は涙ながらに3人を見渡す。
共感の波紋が4人を包み込もうとしていた。
ぶわっ。
コイツらってもしかして、実は全員ボッチ気質……(涙)
美少女のくせに、どうやって生きたらそんなことになるのだろう。
もしかしたら、美しいということもそれ自体が普通ではないということで、何かと苦労が多いのかも。
そのことを、俺は去年、とある出来事を通して見ていた。
まぁ、それでも俺は来世で美しく生まれたいけどね!
それはともかくとして、4人の悲しい言葉の数々に、俺の心も身体も、ワナワナと震え煮えたぎっていた。
琥珀を持ち上げてちょこんと座り直させ、俺は一人立ち上がる。
「何言ってんだよ、オマエら……」
沸々と湧き上がる、抑えきれない情動。
下心もエロ心もおっぱい欲も何もかも己のうちに抱え込み隠せる理性の塊で有名な俺だが、この感情は思い切り吐き出すべきなのだ。
俺は肺へいっぱいに空気を送り込み————
「俺たちはもう、ズッ友だろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」
心のままに叫んだ。
生徒会室が震える。
そして4人の視線が俺という一点へ集まった。
感動で心が叫びたがっているに違いない。
泣きながら、俺を抱きしめてくれ。
ここが美少女天国だ。
「え……? そうなの……?」
「たった一回ゲームしただだけで……?」
「それはちょっと違くないですかねー」
「天川くんのズッ友は、わたし」
…………あれ?
どこか温度の違いを感じる。
ジメリと、湿度が上がってゆく。
…………そうだよね。
こういう奴らって、こんな心ないことを言うんですよ。
でも彼女たちを責めないで。
さっき琥珀も言っていたように、『友達』とは何かって、そこから分からなくなっているんだ。
これから、一緒に勉強していこうね……。
気づいたら俺だけが号泣していた。
閑話休題。
「それでは改めて、直近の活動について早急にお話したいのだけれど————あら?」
先輩の声を阻むように、生徒会室の扉がノックされた。
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