第28話 困りますぅ……。

「それでは、今日はここまで」


 午前の授業が終わり、昼休みを迎えた。

 

 美浜学園のランチの取り方は大きく3パターン。


 一つは、お弁当。これは主に温和な女子グループが持ちより、教室で昼休みを過ごしている印象だ。

 二つ目は、購買のパン。争奪戦になるため、体力の有り余る男子生徒がダッシュすることになる。


 そして残る三つ目は……


「天川くーん、学食いこ~?」


 そう、学食である。


「おう。今行く」


 席を立ち、姫咲と合流する。


 美浜学園は学食が安くて美味しいことで有名だ。

 それを目当てに進学を決めたという生徒も多い。


 特に、ふいに現れる限定メニューが生徒の間では大人気なのである。

 まぁ、たまに地雷なことあるようなのだが……それはご愛嬌だ。


 そんな食堂はまさに、カースト上位のリア充のみが足を踏み入れることを許される聖域。


 と言うのはさすがに言い過ぎだが、普段はあまり縁のない場所だ。


 購買派(争奪戦には参加せず余りを適当に購入する)の俺だが、今日は姫咲が限定メニューを食べたいらしく同行することになった。


「…………きゃっ……!?」

「おっと」


 教室を出ようとすると、ちょうどやって来た女子生徒と鉢合わせて危うくぶつかりそうになる。


「すまん。大丈夫か?」

「…………あっ……ははは、はい……大丈夫……ですぅ……」


 少しよろめいた女子生徒は慌ててこちらと距離を取ると、びっくりするくらいに小さなかすれ声でそう言った。


「そっか。それは良かった」

「…………はい……」


 両の瞳を覆い隠すほどに髪の長い少女だ。なんだか存在感が薄い印象を受ける。

 その両手にはお弁当らしき可愛らしい包みが乗せられていた。

 このクラスでは見覚えがないし、おそらくは友人とお弁当を囲みに来たのだろう。


 会話が途切れると、少女は教室を控えめに見渡して、キョロキョロと首を回す。


「…………あれ……いない……?」


 しかしなかなか目的の人物を見当たらないようだ。


「もしかして、誰か探してるのか?」

「…………ぇ……ぁ、ぁの……えっと……はい……」


 少女は前髪の隙間からかすかに見える瞳をあからさまに彷徨わせる。


 おそらく、人見知りなのだろう。


 しかも会話を完全に拒んで一匹狼であろうとした琥珀とは違って、オドオドオロオロするタイプ。


 それならこれ以上話しかけるのも悪いだろうか。


 しかし放っておくというのもなんだか不憫に見える。


 とりあえず俺じゃ埒があかない。


 姫咲に代わってもらおうと目配せを送る————


「…………あ、あの……」


 と、その時、少女の方から口を開いた。


 しかも姫咲ではなく俺の方を向いて。


「…………天川スズメさん……ですよね」

「え? ああ、うん。そうだけど……」

「ぇと……その……隼く————空井うつい先輩がお昼休みどこに行ってるとかって……ご存じないでしょうか……」

「空井? シュンか?」

「…………はい」


 なるほど理解。


 これが噂に聞く、通称、空井ガールだな!

 イケメン空井隼うついしゅんの追っかけたちのことをそう呼ぶらしいと、去年から風の噂に聞いていた。


 あの野郎一発ぶん殴りたい!


「シュンなら地獄にいると思うよ。数秒後に」

「…………えぇ……!? そ、それは……困ります……すごく、すごく……困りますぅ……」

「え、あの、ちょ……」


 目隠しの少女は相変わらずの消極的な態度ながらも、今までよりも強く意思を示した。

 泣きそうな顔で見つめられると、申し訳なさが一気に沸き立つ。


「んー」


 隣の姫咲がコツンと、俺の脇腹を叩いた。


 珍しく、ちょっとだけ怒った顔。

 たとえシュンのことであろうと、女の子を困らせるような発言は姫咲的にも良くなかったらしい。


 ごめんなさいマジで反省します姫咲に見捨てられたら俺もう生きていけないから許してぇ……!


「じょ、冗談! 冗談だって! ははっ、あはははは〜!」

「ごめんね天川くんが〜。大丈夫〜?」

「…………ひゃ、ひゃい……」

「あっ……」


 姫咲が少女の頭へ手を伸ばすと、少女はひどく怖がった様子でそれを避けた。


 タイプは違えど、琥珀と同じコミュ障ならいきなり触るのはNG、か。


 お、俺は信頼関係を築いた上で琥珀の頭を撫でてるんだからね!

 めっちゃ嫌がられるけどそれがまた悪くない……かも。


「でも……そうだなぁ。シュンのやつ……どこにいんのかな……」


 俺も新学期になってからシュンのことは何度も昼食へ誘おうとしているのだが、一度も捕まえられたことがない。


 誰よりも早く教室を後にし、午後の授業始まる直前になって誰よりも遅く帰ってくる。

 どこに行っているのかは俺にも分からなかった。


 もしかすると、一丁前に俺と姫咲のランチタイムを邪魔しないよう遠慮しているというのも考えられる。


「すまん。俺も知らないんだ。もしよかったら今度俺からも聞いておくけど————」

「…………そう、ですか。失礼します……」

「————あ、おい?」


 俺が言い終わるより前に、少女はちょこんと頭を下げると足速に教室を去ってしまった。


「行っちゃったね〜」

「そうだな……」


 結局、名前すら分からず仕舞い。


「あ! あ〜!」

「うぉ!? こ、今度はどうした!?」

「食堂! はやく行かないと限定メニュー無くなっちゃうよ〜!」

「マジか! 限定メニューって数量決まってんの!?」

「今回のショートケーキ定食は限定30食なの〜! は、早く行こう天川くーん!」

「お、おう……!」

 

 流れるような動作で姫咲に手を引かれながら、学食へ向かって走り出した。


 しかしなんだか不穏な単語が聞こえた気が……。

 ショートケーキ……定食? え?


「ショートケーキでご飯食べるの……?」


 絶対、地雷メニューってやつじゃないかなぁ……それ。


 10分後。


「おいしい〜! イチゴも甘いしご飯おかわりしちゃいそうだよ〜!」


 まさにほっぺたが落ちそうを具現化したようなあまーい表情を見せる姫咲。


 定食のラインナップはショートケーキ(おかず1)。ショートケーキ(おかず2)。白いご飯。お味噌汁。サラダ。ショートケーキ(デザート)。

 

 え?……え?(もう何も言うまい)


 姫咲が幸せならそれでオーケーです。


「へ、へー。そうか。間に合って良かったな。うん」


 周りを見た感じ、誰もそのメニュー食べてないけどね。

 俺はカツ丼。安心安定のテイスト。


「天川くんも食べる〜?」

「け、けっこうです」

「そんなこと言わずに、あ〜ん♪」


 え!? あーん!? あーんだと!?

 あの、美少女からしてもらえばこの先どんな怪我をしても一瞬で治る無限回復バフが付与されるというあの!?


 しかし姫咲が差し出すスプーンには、ご丁寧にケーキとご飯がセットで乗せられている。

 

 お、俺はどうすれば……!?


「あ、あーん……!」


 はい、欲望が勝ちました。


「はい、あ〜ん♪」


 もう少しで、姫咲とあーん……!


「ぎゃ————っ!? いってえ!?」


 突如、脇腹を刺すような痛みが走り振り返る。


 そこには、学園の天使(笑)の幼馴染がいた。

 左手には完食後らしき学食のトレー。

 右手には箸が一本、握られている。


「バーカ」


 姫咲には聞こえない小さな嘲り。


「おま、琥珀————」

「あむっ」


 目を離した一瞬のうちに、琥珀は姫咲の差し出すスプーンへ食いつく。


「あ、琥珀ちゃん」


「はむはむ。え……なにこれ、甘っ……え、なに……?」

「どう〜? 琥珀ちゃん、美味しい〜?」

「え? あ、はい! 美味しいです! 萌香さんのあーん!」

「そっか〜良かった〜。えへへ〜」

「は、はい……あ、ワタシもう行かなきゃなので……これでっ」

「うん、またね〜」


 瞬時に状況判断を終えて撤退行動を始める琥珀。


「おい待て琥珀……」

 

 引っ掴んでやろうと手を伸ばすがそれは悲しく空を切り、琥珀は涼しい顔で逃げ去った。

 

 そんな不味かったの……?


 いやなんとかイケるっしょ……おはぎとかあるし。


 たしか琥珀は甘いものがあまり得意じゃないからな。そのせいだ。


 俺は、食う!


 琥珀だけ姫咲のあーんを付与されるなんてあんまりだ!


 固い決意をもって姫咲を見つめる。


「………………」

「……? どうしたの〜?」

「え、いや、その」

「ん〜♪ ケーキ定食美味しい〜」


 …………あれ?

 どうやら姫咲は琥珀へのあーんで満足してしまったらしい。


 すでに自分の食事に夢中。


 その後、姫咲が俺にあーんを提案してくれることはなかった。


 それは幸か不幸か、今となっては分からない。


 でもなぜだか、今日のカツ丼は塩分が強い気がした。

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