第9話 俺、理性、ピンチ、助けろ。

「あ、スズメじゃないか」


 姫咲と共に教室へ入ると、男子生徒の1人がいち早く声をかけてきた。


「おーシュン。今年は同じクラスか」


 空井隼うついしゅん

 中学からの数少ない友人だ。

 去年はクラスが違ったのでしばらく疎遠になっていた。


 ちなみに細身の爽やかイケメン。

 さっきの姫咲採点ならゆうに90点は超えてしまうだろう。

 死ねばいいと思う。


「去年は別々だったからすごく寂しかったよ」

「え、なに俺のこと好きなの? キモいからやめてほしいんだけど……」

「友達として、ね」

「あ、そう。よかった。マジで」

「そういえばスズメ、なんか格好良くなったね。うんうん、いいじゃない」

「イケメンに言われても嫌味にしか聞こえねえんだよなぁ」


 そして発言がやはり危うい。

 さりげなく一歩、距離を取った。


「えー、僕は本気で言ってるんだけどなぁ」


 シュンは不服そうに言う。

 まぁ、コイツが良いやつだと言うことは十分に知っている。

 からかうのはこれくらいにしておこう。


 懐かしさを感じる友人との会話に思わず笑みが漏れた。


「クク」

「スズメ?」

「いや、ごめんごめん。さんきゅー褒めてくれて。俺も今、自分が世界一格好いいことに気づき始めたところなんだ」

「いやそこまでじゃないよ? せいぜい75点くらい。あんまり付け上がらない方が身のためなんじゃないかな」

「ぐっ……い、良いところを突くじゃないか……」


 イケメンや美少女には生まれながらの審美眼が備わっているのかもしれない。


 所詮8割が取れない男ですよ俺はー!

 なんとなくだが、80点からがイケメンのラインな気がする。

 俺が敗北者だ文句あるか。


「まぁ、何はともあれ……また一年よろしく頼むよ。親友」

「ああ、よろしく」


 久しぶりの再会に握手を交わした。


「ところでそっちの子は……」

「ああ、そうだった。紹介するよ」


 俺は背後に控えていた姫咲の方へ視線を移すが……、


「……親……友…………?」


 俯いて表情の読めない姫咲の口から小さな呟きが漏れ聞こえた。


「え?」

「むー……」


 キッと不満そうなジト目をこちらに向けながら、ぷぅっと頬を膨らませる姫咲(可愛い)。


「どうした? 姫咲?」

「むー! むー!」


 突如、姫咲は俺とシュンの間に割り込んだかと思うと、俺の方へ身体を寄せる。

 そして両手で俺の身体を抱くようにして包んだ。


 む、胸! 

 おぱーいさんが今までにない密着度なんですが!?


 姫咲の身体から漂う何やら男の本能を刺激する甘い香りも、まるで脳を犯すかのように浸透してくる。


「天川くんの1番のお友達はわたしなんだから〜! ぜったいあげないもん〜!」


 姫咲はシュンへの対抗心剥き出しで、唇をツーンと尖らせた。


 な、なにこの状況。

 ふ、2人とも、俺のために争わないで!! 


「むー! むー!」


 威嚇を続ける姫咲。


「お、おーい、姫咲?」


 声をかけるか反応が返ってこない。ただのおっぱいのようだ。


「あはははは。愛されてるねぇスズメ」

「なにわろとんねん。俺、理性、ピンチ、助けろ」

「役得じゃない」

「それはある」


 いやっふうううううう!!!! 

 おっぱい! おっぱい! おっぱい!


「心の声が聞こえるかのようだよ……相変わらずだねスズメは」

「俺は基本、欲望に忠実だ」


 ちょっとばかり陽キャ耐性がなさすぎて姫咲にはタジタジだけど。


「むむむむむむー!」


 さらにむにゅりと胸を押しつけてくる姫咲。


 いや、もうそろそろ離れて!?

 おっぱい嬉しいけど、俺が狼さんに変身するのも時間の問題だ。


「あ、あははは……どうしようか……これは。たしか姫咲さん……だよね? 僕はべつにスズメの一番じゃなくても構わないよー?」


 シュンが苦笑いを浮かべながらも話しかけるが、姫咲は聞く耳を持たない。

 完全にシュンを敵と認識したようだ。


 キーンコーンカーンコーン。


 一触即発のおっぱい状況の中、やがて始業おっぱいを告げるおっぱいチャイムが鳴り響いた。


 おっぱい最高!


「あ、スズメ。鼻血でてる」

「は?」


 たらりと。熱いものが鼻から下を伝う。


「え? 天川くん!? どうしたの天川くん!? 天川く~~~ん!?」


 新学期は保健室でえっちな保健の先生との個人レッスンから始めようか。

 こう……鼻に容赦なくブスっと挿れられました。




◇◆◇




「じゃね、天川くん。わたし今日はお仕事あるんだ〜」

「ん。また明日な」

「うん。また明日ね〜」


 姫咲は笑顔で手を振る。


 と、それからシュンの方へ視線をスライドさせた。

 そのわずかな間に表情は凍りついている。

 上級氷結系魔法使い琥珀さんも驚くレベルの冷たーい無表情だ。

 ヤダ姫咲さんそんな顔できたんですね。

 姫咲にこんな顔されたら三日三晩寝込む自信がある。


「えっと、そこの人」

「あ、うん。僕は空井隼ね。一応」

「……あげないから!」

「うん?」

「天川くんは絶対あげないんだから〜! うわーん!」


 姫咲は喚きながら教室を走り去った。


「あ、あはははー。これっぽっちもいらないんだけどなぁ、可燃ゴミなんて」

「え? さすがに酷くない?」


 俺はそこそこ使える男だぞ。

 カップラーメンが作れる。すごい。


「嫌われたもんだねぇ」

「ざまぁ」

「主にスズメのせいなんだけどね」


 は?

 意味が分からないのだが……。


 まぁそのうち和解するだろう。

 2人とも俺の友人なのだから。そうでないと困る。

 どっちか選べって言われたら迷わず姫咲選ぶけどね。


「スズメはこれからなにか?」

「ん。あー……」


 一瞬だけ、憎たらしい黒猫の姿が浮かぶ。


「……いんや。ヒマ」

「それならたまにはゲーセンでもどう? 再会の印に」

「おまえ姫咲に遠慮する気とかないの?」

「いないところで遠慮したって仕方ないでしょ。僕だって親友の名は返上せども、キミの友人なんだ。彼女がいるところではせいぜい気を使うことにするよ」


 相変わらずスマートなやつだ。忌々しい。


「じゃあま、行くか」

「そうこなくっちゃ」


 男2人で席を立つ。

 やっと、特に煌めきのない男子高校生の日常に出会えたような気がした。

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