第14話 えっちなことはダメよ?

「カレシって……え? え? 先輩、もう一度言ってもらえますか」

「私の、カレシになってみませんか」

「いやっふうううううううう!!!!」


 キタキタキタァ!

 これですよこれを待っていたんだ!

 これでこそクソビッチに無駄な説教をした甲斐があるというもの。

 不幸の後には幸福がある。それが世の摂理なのである!


「あ、ごめんなさい言い間違えてたわ」

「えっ?」

「今度こそちゃんと、言うわね」

「は、はい」


 コホンと再度咳払いする先輩。


 なんだか一気にイヤな予感がし始めたのは気のせいでしょうか。


「私の、カレシになってみませんか?」

「おう……まいがっ」


 カレシ'役'。

 この世知辛い世の中、何の苦労もせず美味い話が転がりこむなんてことはない。

 何の苦労もせず、一度話しただけの先輩から好意を寄せられるなんてことも、もちろんないのである。

 現実は非情である。


「天川くん、どうかした? なぜ泣いているの? お腹痛い?」

「いえ……べつに、なんでもないですよ……? はは。それより、そのカレシ役というのはどういうことですか? さっきの男たちと関係が?」


 さめざめと泣きながらも、俺は話の続きを促す。


 ポジティブにいこう。


 '役'と言えども、カレシはカレシ。

 もし受け入れたのなら、あんなことやこんなことだってグフフフフ……。


 俺のあはんうふふな妄想も露知らず、先輩はキリリと表情を引き締めて話を始めた。


「あの人たちは……怖い人よ」

「やっぱり!」

「ヤクザとも言うわね」

「やっぱりぃ!?」

「時代遅れのバカとも言う」

「え……あ、はい。そうですね……?」


 そこまで言う?

 ちょっとイカすぅーとか、お、思わないけどね! やつらただの人間のクズです!


 そういえばヤクザだと言うわりには、先輩には彼らを怖がっている様子が見えない。

 追いかけられている時からそうだ。

 何か事情があるのは察するが、身の危険が迫るような緊迫感が先輩からはあまり感じられなかった。


 'お嬢'と呼ばれていたことも思い出す。


「もしかして、先輩はヤクザ一家のお嬢さん?」

「違うわ。私はあの人たち、嫌いだし」

「そ、そうですよね。よかった……」


 ホッと胸を撫で下ろすと、先輩はニヤっと子供っぽい笑みを浮かべる。


「なぁに? 私が悪い人の仲間だと思った?」

「いえまさか。先輩が良い人なのは知っています」


 とても素晴らしいおっぱいですから。


「そ、そう……ありがとう……」


 先輩は黒髪をくるくると弄りながら視線を逸らした。

 少しだけ頬が上気しているようにも見える。かなり走ったから、疲れているのかもしれない。


 話を早く進めなければ。


「それで、彼らとは結局どういう関係なんですか? なぜさっきは追われて?」

「あ、あの人たちは母の知り合いというか、昔のお友達? いえ、弱みを握られた奴隷?」

「は? 奴隷?」


 一気に不穏な空気に。ヤクザさんたちが哀れに。


「まぁ、そんなところよ。彼らは母の使い。今日のお見合いを控えた私を連れ戻すための、ね」

「お見合いですか……はぁ、なるほどなるほど」


 お見合いねぇ……きょうび聞きませんが、楽して結婚できるアレですね。

 俺もぜひしたい。そして先輩を指名させていただきたい。


 ……って、は? お見合い? 先輩が?

 

「先輩結婚しちゃうんですか!?」

「しないわよ」

「よかったぁ……!」

「したくないから、逃げているの」


 さもありなん。


「母は心配性でね。私が高校生にもなってカレシの1人も連れてこないことを憂いているの。私はカレシなんてまだいらないって言ってるのに……。でも聞いてくれなくて、母がお見合いを組んだけれど、私が脱走して、彼らに追いかけられ、今に至るわ」


 話がようやく見えてきた。

 先輩はカレシを作る気も、結婚する気も今はないが、お母様の想いだけが先行してしまっているわけだ。


 そこで、偽物のカレシを作りお母様の目を誤魔化そうと。

 単純明快、分かりやすい解決法だ。 


 しかしマジか。先輩ってカレシいたことないのか。

 こんなにお美しい人を放っておくなんて、今の3年男子は全員イ○ポかホモに違いない。


「話は大体分かりました。カレシ役が必要な理由も」

「理解が早くて助かるわ。それで、どうかしら。引き受けてもらえる?」

「そうですねぇ……うーん」


 俺は悩むように、わざとらしく指を顎にあてて考える仕草をする。


「もちろん、報酬も用意するわ」

「ほほう? それはなんですか?」


 よっしゃ。


「そうね……あなたが望むことを、私に出来ることならなんでも」

「なんでも!?」


 なんて素晴らしい響き!


「じゃあぜひそのおっぱいを揉ませてくださ————」

「あ、えっちなことはダメよ?」

「え?」

「ん?」


 威圧という名のオトナな笑顔。


「いや、あの、でも、なんでもって」

「なんでもって言われて本当になんでもしていいと思うのは、子どもだけよ? あなたには17年間、この日本で培ってきた良識があるわよね?」

「ぐぬぬ……」


 さ、詐欺だ! 

 こんなの認めないぞ!


「じゃあお尻を!」

「ダメ」


 くそう!

 だがそれなら……


「そ、それなら……脚はどうでしょうか!? 太ももとか!」

「え……太もも……?」

「はい! その太ももを触らせていただきたい! あわよくば顔をうずめたい!」

「か、顔を……!?」

「いいですよね!? 脚にえっちなことは何もありませんよね!?」


 俺は一歩ずつジリジリと先輩との距離を縮めてゆき、ずいっと顔を近づけ迫る。


「え、あ、その……えっとぉ……」

「いいですよね!?」

「ち、近い……」

「いい、ですよね?」

「うぅ〜〜…………」


 チラチラと視線を彷徨わせる先輩を、さらに念押すようにまっすぐに見つめる。


 すると、


「……ど、どうぞ、お好きにしてください……」


 先輩は顔を赤くして、こくりと頷いた。


「いやっほおおおおお!!!! やったあああああああ!!」


 ダメ元でも言ってみるものだなぁ!

 先輩が優しい人で良かった。


 先輩の脚へとさりげなく視線を飛ばす。

 黒タイツに包まれたそのお御足は、走った後のせいか汗ばみ、蒸れているように見えた。


 ああ、健康的に肉付いたあのムチムチがこの俺の手に……!


「もう……えっちな子ね……脚なんかでそんなに嬉しいの?」

「嬉しいです! アイムソーハッピーニューイヤー!」


 俺が叫ぶと、先輩は諦めたようにくすりと笑った。


「やっぱり英語は苦手そうね。今度教えてあげようかしら」


 あ、はい。

 言葉がちょびっと不自由でも、人はきっとインスピレーションで生きられると思うんです。

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