第13話 私のカレシになってみませんか?
「何がいいことあるかも、だよ。先輩……」
カラオケを出た俺はひとり歩きながら呟く。
やべえやつと出会ってしまった。
おそらくだが、最愛奏、彼女が一年生にいるというもうひとりの美少女————小悪魔で間違いないだろう。
あんなのを差し置いて、小悪魔チックな人間が一年生に何人もいてたまるか。
「しかし小悪魔っつーか、ただのビッチじゃん……」
美少女レベルなら正直言って、俺も舌を巻くレベル。
特にあの銀髪に、人形のような顔に似合わない男を誘惑するような表情は情欲を煽ってやまない。
「でも、ビッチはなぁ……」
やっぱり恋がしたいし、一時の快楽に逃げるのは最終手段であってほしい。
ほら、春をお売りしているやつとか。
だから、今回の俺は正しい。
正しい……はずである。……何も間違っちゃいないんだ……!
なんだよ泣いてねえよ!
「そういやあいつ、最後にまた変なこと言ってたよな……」
恋を教えてくれますか、とか。
またそのうち絡まれるのかと思うと、心が億劫になった。
と、頭を抱えていると……
「オラ待てやゴルァァー!」
怒声が人通りの多い商店街に響いた。
声の方を見れば黒いスーツを着たイカつい大男たちが走ってきている。
そしてその男たちより手前、人並みをかき分けて黒髪を揺らしながら走る少女がひとり。
「ごめんなさい、どいてどいてどいてっ」
目深い帽子を被っていて、顔はよく見えない。
「お嬢ー! 頼むから待てやゴルァ!」
「イヤよ!」
「そこをなんとか! ちょっとだけ! 一回だけでいいんですって!?」
「そんなこと言って、捕まったら何されるか分からないわ!」
「何もしませんって!」
「顔が怖いゴリラは信用しない!」
「ガーン!? クソ……人が下手に出てれば調子乗りやがってこんのクソガキャー!」
「うわっ、本性出した。やっぱり怖ーい」
「待ちやがれー!」
大声で言葉を投げ合いながら走る一団。
どうやら少女はあの大男たちから逃げているらしい。
関わらない方がいいと直感的に思うが————
「あ、やっと見つけた!」
「え……?」
少女と視線が交差する。
その瞬間、帽子の奥にある顔が見えた。
「た、立花先輩!?」
「天川くん! こっちよ!」
「ええ!?」
颯爽とすれ違うかのように思われた生徒会長、
引きずられるようにそのまま一緒になって走り出す。
待って待って待って!
なんで俺を巻き込むの!? なんかヤバい人たちに追われてるんでしょう!?
「ちょ、先輩!? なぜ俺を……!?」
「私を————助けて欲しいの!」
なにぃ!?
俺があの大男たちを相手に……ガクブル。
僕、生まれてこの方人を殴ったことも殴られたこともないんですが役に立つでしょうか。囮でしょうか。捨て駒でしょうか。壁でしょうか。
あちらさんはどう見ても人間の1人や2人、闇に葬ってそう……だが、
「お任せください!」
「ありがとっ。じゃあ行くわよ!」
ああ……やっぱり俺ってあんぽんたん。
美人に頼まれたら、イヤとは言えないのだ。
・
・
・
「なんとか撒けたわね」
あれからどれほど時間が経ったか分からないが、しつこい追手をどうにか引き剥がし、俺と立花先輩は見慣れない路地裏に逃げ込んでいた。
先輩の言う通り、もう奴らの声も足音も聞こえない。
命拾いした……絶対死んだと思った。
捕まったら俺は縄をかけて転がされ、立花先輩が大男たちにあんなことやこんなことを……という薄い本展開までコンマ1秒でたどり着けた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……つ、疲れた……っ」
膝に手をつき、肩で大きく息をする。
しかしなかなか息が整わない。帰宅部魂が爆発しているようだ。
「大丈夫? これ、お水飲む?」
「あ、ありがとう……ございます……」
すぐさまペットボトルを受け取って、水を飲み下す。
それから何度か深呼吸を繰り返すと、激しかった心音が緩まってくるのを感じた。
「落ち着いた?」
「はい、なんとか。あ、すみません水、全部飲んじゃって……」
「いいわ。私は飲んだ後だったし」
「え」
空のペットボトルを見つめる。
間接キッス!?
お、俺はなんて勿体ないことを……意識していなかったせいですごく損した気分だ。
今からもう一度口をつけてペロペロしてもいいだろうか。
……キモいですね、やめます。今は。
飲み干した責任として、このゴミ————聖遺物は我が家で保管します。
「どうかした?」
「い、いえ、な、なんでもない……でげすよ?」
「げす?」
「なんでもないです! はい!」
直立してピンと背筋を伸ばす。
そんな俺を見て、先輩は微笑んだ。
「ふふ、じゃあ本題に入るでげすよ?」
「それ、先輩はやめてください」
「ええ? なんで?」
「何でもです」
「あ、天川くん……?」
「いいですね?」
「は、はい……」
頑なに言うと、俺の迫力に少し気圧されたように先輩は眉を下げた。
しかしそれからすぐ、表情を改めて咳払いをする。
「それでは、本題に入ります」
薄暗い路地裏で、2人きり。
「天川くん」
先輩はスッと、こちらへ長くしなやかな手を伸ばす。
そして、言った。
「私のカレシになってみませんか?」
それはなんとも奇妙で、あまりにも突然の告白。
先輩はいつもと変わらず、緊張など感じさせない柔らかい笑みを浮かべていた。
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