第12話 一緒に、気持ちいいこと、しましょ?

 馬乗りの体勢で、小悪魔のような色っぽさを孕んだ視線が俺をじっくりと見下ろす。

 それから最愛は服のボタンを外してゆき、可愛らしいピンクの下着があらわになった。


「な、なに……を?」

「あはっ♡ ナニって〜、わかってますよねぇ? せ・ん・ぱぁい♡」

「い、いやなんのことだか。せ、せんぱい全然わかんないなぁ……とか」

「慌てちゃって、可愛い♪」


 ウマ乗りの最愛が俺と身体を重ねるように腰を折ると、銀色の髪が頬を優しく撫でるようにくすぐった。


 そして最愛は俺の耳元に唇を寄せると、ふぅと熱い吐息を吹きかける


「うひっ!?」


 ピクリと身体の芯が跳ねあがる。


「さっき、言ったじゃないですかぁ」


 口元を吊り上げ、にやぁっと興奮に満ちた笑みを見せる最愛。

 その表情はもはや、極上の獲物を捕らえたケモノだ。

 最愛はそのまま、敏感になった耳元へ、ゆっくりと語りかける。


「ねぇ、せんぱい♡」

「…………っ」

「一緒に、気持ちいいこと、しましょ?」


 ふぅと、ダメ押しの甘い吐息が鼓膜を震わせる。

 まるで男の本能そのものを刺激するような、淫猥な響きの広がり。

 脳髄が蕩けるように熱くなって、冷静な判断力が欠落していくかのようだった。

 視界が霞んで、頭がボーッとした熱だけを伝える。


「あは。可愛い。可愛いですよ、せんばい♡」


 熱を持った頬をゆっくりと、くすぐるように撫でられる。


 もうまるで抵抗する気が起きない。されるがままになりたい。


 彼女と一緒に気持ちいいことを……。


「せんぱいも期待しているようですし……それでは、始めましょうね?」

「ん……っ」

「わ。おっきぃ……♪」


 ズボンの膨らみが撫でられる。

 まるで羽のように繊細で、慣れた手つき。ふわりと触れて、離れて、時に爪でなぞられる。

 もどかしいこそばゆさと、初めて自発的に異性から触れられた快感と興奮が脳を支配した。


「いいんですよぉ? 可愛い声、出しても。せんぱいの可愛い声、聞きたいなぁ〜」

「……んっ……」

「ふふ……素直なせんぱい♡」


 クスッと笑ったかと思うと、ついにはズボンのチャックへ最愛の手が伸びる。


 ああ……あの練習から、まだ1週間程度しか経っていないのに。


 もちろん、こんなの望んだ形ではない。

 ……けれど、抗う意味なんて————。


 私、童貞って大好きなんです」

「…………っ!?」

「出会ってすぐが……特に食べ頃」


 クスクスと、嘲笑うかのように笑みを深める最愛。


「恋も、愛も、優しさも、正しい順序も、過去も、未来も、何もいらない。初めての……たった一度の、快楽を貪る。一瞬の幸福……背徳の味。とっても気持ちいいオトナの遊びです」


 最愛は熱くなったそれを引っ掻くように弄り倒すと、ペロリと舌なめずりした。


「私がせんぱいを……オトナの男の子にしてあげますね♡」


 焦らすようにゆっくりとチャックが開けられ、中へ小さな手が入ってくる。


 そしてその手が、俺の……。


「おい」

「……え?」

「……童貞……だと?」

「せん、ぱい……?」


 怒気をはらんだその声に、最愛の手がぴたりと止まる。


 チカラが緩んだその瞬間に、俺は最愛の身体を引っぺがした。


「わ、わわっ。なに!?」


 さすがの最愛も訳がわからないと慌てた様子を見せる。


 いいか、よく聞きやがれ。


「俺は!! 童貞じゃねえええええええええええええええええ!!!!」


 言った。言ってやった。


 ああバカらしい。

 こんな美味しい状況を自らぶっ壊すなんて。俺は気でも狂ってしまったのだろうか。


 据え膳食わぬは男の恥って、その通りだろうがよ。


 でも、違うんだ。


「な、ななななにを……せんぱ……えぇ?」


 あまりに予定と違うアクションだったのだろう。最愛は素っ頓狂な声をあげる。

 

「つーかよぉ……バッカかおまえ!」

「ふぇぇ!?」

「なんっだよこれ出会って5分で合体か!? もうちょい自分の身体大事にしたらどうだ!? 高一成り立てでビッチ街道突き進んでんじゃねえよ!? 正直引くわ!」


 俺はあの日、好きでもない幼馴染で童貞を捨てた。あいつの初めてを奪った。


 だからこんな綺麗事も言えた立場じゃない。


 だけど春休みのあの日、とんでもない提案をしてきた後で、あいつは俺になんて言ったと思う?



 『ワタシは、



 その言葉の些細なんてたいした仲でもない幼馴染の俺が触れることはないけれど、あいつのその覚悟だけは伝わった。

 、琥珀の想いが少しだけわかってしまったのだ。


 その練習が、正しいのか間違っているのかなんて俺には分からないけれど、あいつにとってあの練習は遊びじゃなかった。練習は本番のように。まさにその通りだ。


 そしてその練習相手に、どっかの誰かじゃないけれど好きでもない俺を選んだあいつは、俺を信頼してくれたはずなんだ。


 それが嬉しかっただけの俺は、上っ面の軽い気持ちだったかもしれないけれど……。


 俺はあの日、猫村琥珀と、初体験を済ませたのだ。

 

「は、はぁ……!? わ、私だって色々……っ」


 ムカついた。

 自分が童貞と判断されたこと。いや、そんなことはもういっそのことどうでもいい。

 ちょ〜っとショックだっただけだ!

 究極ビッチからしたら俺なんかまだバンビーだったというだけだ! 気にしてない! 相手が悪かった!


 ただ、覚悟をもって行為に臨んだやつがいた裏で、同い年の女が遊びや一時の快楽を得るためだけにその尊いはずの行為を貪っていた。


 それが無性にムカムカして、イラついて、我慢ならなくて……噛み付いてやりたくなった。

 

 ちょうどいい。

 琥珀へのフラストレーションもついでに発散してやる!


 結局のところ、自己満足だ。


「そもそも、おまえがいっくら美少女でもなぁ、おまえの筆下ろしとか逆レとか、俺にはまっっっったく需要ねえんだよ! そういうのは、えっちなお姉さんにやってもらいてえんだよおおお!!」


 立花先輩とか! 立花先輩とかさー!


 いっそ姫咲でも可!


「おまえには百年早ーい!」


 ガッと、俺は最愛に向かって手を伸ばし2つの膨らみを下着の上から鷲掴みにする。


「ぁんっ!?」

「けっ。琥珀よかマシだがやっぱり胸もちっせえし」

「にゃ、にゃにぃ……っ!?」


 もみもみ。

 もみもみ。

 もう一発もみもみ。


 ふむ、まぁ悪くはないなぁうん。


「な、なんですか。結局、襲うんじゃないですか。色々言っても結局、立場が逆転しただけでやる事変わんないんだ」

「は? しねえよ。バカか」

「ま、またバカって……!」


 今のはちょっとだけ未練が……いえ何でもないです。

 ビッチのおっぱいとか実質無料配布の揉み放題だろケチケチすんなよ。

 フリーおっぱい万歳。

 

「ふん。おまえはバカみたいな美少女だしヤレるんなら正直やりたいけど! でもぜってえシねえ! 死んでもシないねクソビッチが!」

「そ、そん、な……」


 最愛は脱力したように、その場に崩れ落ちる。


「…………俺たちは高校生だろうが。男漁りとかべつにしてもいいけど、ふつうに恋しろよ。そうじゃないと……なんか、ダメだろうが」


 自分を変えてまでも、一丁前の何かを成し遂げようとしている奴がいるんだ。


 言いたいことを言って、俺はソファーに座り直した。


 ああ……やっちまった……バカ、ボケナス。やっぱり俺は、あんぽんたん。



 それから十分もすると最愛は放心状態から立ち直った。


「せんぱい、ほんとに童貞じゃないんですね」

「あん? んだよ」

「今まで、童貞さんが私を襲わなかったことなんてないので」

「いや、襲わない子もいると思うよ? 男子の倫理観そこまで終わってないよ?」

 

 たぶんきっとめいびー信じてる。


 こんなビッチ美少女よりも大切で初心な恋と性癖が君たちの中にはきっとある。


「そっか……ふふ。変な人ぉ……ふふふ」


 小さく呟くと、最愛はにやりと笑って俺の方へ寄ってくる。


「私ちょっとだけ、先輩に興味が出たかもしれません」

「は?」

「ていっ」

「あ、俺のスマホ」


 片手で転がしていたスマホを奪われる。


「パスワードは〜、どうせ誕生日ですね。えいっ。当たり♪」

「なんで誕生日知ってるの怖い……」

「下調べはする方なので」


 何それぇ今日のって計画的犯行だったの……?

 たまたま俺を攫ったわけではないらしい。


 なんですか。ビッチの手元には「美浜学園童貞ファイル」でもあるんですか。

 俺が入っている時点でその情報、古いですよ。


「はい。これで良し、と」


 ものの数秒のうちにスマホが返却される。


「私の連絡先、登録しておきました」


 スマホを確認してみると、たしかにメッセージアプリの中には「最愛奏さいあいかなで」の文字があった。


 これで今学期3つ目。合計7つ集めると願いが叶う魔法のアドレスだといいなぁ。


「また逢いましょう。せんぱい」

「はぁ? また襲われるとか勘弁なんだが」


 そもそも俺の方が相当ひどい仕打ちをした。

 ビッチに恥をかかせたも同じ。

 間違いなく嫌われると思っていたし、ヒステリックに口汚く罵られるだろうと。

 

 ふつうに会話していること自体が謎だ。

 

 しかし今、彼女はやはり美しいとしか言いようがない銀髪を揺らして、あどけない笑顔を咲かせた。


「次会った時は、せんぱいが私に恋を教えてくれますか?」


 バッグを持って、最愛は部屋の出入り口へ向かって駆ける。


「あ、おい。おまえ何言って……」

「楽しみにしてますね、せーんぱい♪」


 そう言って得意そうに微笑むと、そのまま部屋を出た。


「なんだったんだ……あいつ……」


 俺は何か、とんでもない縁を結んでしまったのかもしれない。


 とりあえずブロック、と。これでよし。

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