第11話 せんぱ〜い!

『今日は街に出るといいことあるかも♪』


 立花先輩からそんなメッセージが届いたのは、休日の午後のことだった。


『いいことってなんですか?』

『それは秘密。あとのお楽しみね』


 はぐらかしているようだが、その口ぶりはそのお楽しみの内容を知っているようでもある。


「ふーむ……?」


 脈絡のない突然のメッセージに首を捻った俺だったが、どうせ暇な午後だ。


 春休みのように琥珀の相手をすることもない。


 このまま無為な時間を過ごすくらいならと、俺は準備をして外へ出たのだった。



 ・


 ・


 ・



「あ、せんぱ〜い!」


 女神のお告げに従い適当にぶらついていると、背後からとんでもない猫撫で声が聞こえてきた。

 媚びっ媚びすぎて正直引くレベル。


 そういう後輩キャラが可愛いのは二次元だけなんですわ。現実にいたら腹パン不可避。


 これが、立花先輩の言ういいこと……?


 いや、そもそも俺には後輩の知り合いがいない。

 琥珀は俺のことを一度たりとも先輩と呼んでくれないし……。


 よって、当たり前だが今呼ばれたのも俺ではないだろう。


 先輩後輩とやらのリア充会話など聞きとうない。

 さっさとこの場を去るのが吉だ。


「せんぱーい。ちょっとー、無視しないでくださいよー。せーんーぱーいー!」

「……あ?」


 え、なにごと? 

 俺の新品ツヤツヤTシャツが何者かに引っ張られている。

 やめろよ伸びちゃうだろうが!?


「あ、やっとこっち向いてくれた。せーんぱい♪」

「人違いです」

「そんなことありませーん。天川スズメ先輩、ですよね?」


 ヤダ怖い。なんで知ってるの。


 俺の「先輩」呼び童貞を奪ったどこぞの馬の骨を見やる。


 まず問答無用で目に入ったのは、美しい白銀のさらさら髪。

 肩ほどまで伸ばしたその髪が風に流れる光景は、そこにいるのが天使なのではないかと錯覚してしまうほど。

 水晶のように煌めきの強い大きな瞳に、白くきめ細やかな肌、人形のように整った顔立ち。


「ふふんっ♪」


 眩しさ全開、輝き100パーセントの笑顔。


 全てが艶やかで、可愛らしい。


(なんだ、こいつ……)


 そこにいたのは、作り物かと見紛うレベルの完璧美少女だった。


「では、行きましょうか♪」


 入学式の日の琥珀がごとく、説明もなしに手を引かれる。


「は? いや、どこに。なんでっ。つーかお前はだれ————っ……!?」


 ぴとり、と唇に指を当てられた。


 氷のように冷たいその指は唇に柔らかく吸い付くようで心地よく、言葉を失ってしまう。


「ダメですよ、せんぱい。女の子にそんな強く迫ったら」


 人形のような少女はその顔に似つかわしくない蠱惑的な笑みを浮かべる。


「私は最愛奏さいあいかなでと言います」

「最愛……奏?」


 やはり知らない名前。


「美浜学園の一年生です。ほら、正真正銘、先輩の後輩でしょ?」


 最愛と名乗った少女はピッと学生証を取り出して見せた。

 どうやら言っていることは事実のようだ。


「それでは今度こそ、行きましょう先輩」

「いやだから……行くってどこに」

「そんなの、決まってるじゃないですかぁ」


 最愛はやはり、どこか違和感のある笑みでクスクスと鳴く。


「と〜っても、気持ちよくなれる場所です♪」



 ◇◆◇



 とても気持ちよくなれる場所とやらにやってきた。

 べ、べべべつに、エロい響きに釣られて大人しくついてきたわけじゃないんだからねっ!


「さーて着きましたよ〜」


 怪しげな薄暗い一室に足を踏み入れると、最愛は慣れ親しんだ手つきで持っていたバッグを置いて、気持ちいいことの準備を始めた。


「んっ……」


 最愛はどこか悩ましい声を上げながら、羽織っていた服を一枚脱ぎ捨てる。


 そして遂には————


「さぁ、思う存分歌って気持ち良くなりましょう〜! いえーい!」


 マイクを握った。


「ってカラオケかよ!?」

「え? せんぱーいどうしたんですか〜? なにか〜、別のことでも想像してたんですか〜?」

「は? いやそんなわけないしぃ? い、良いよな歌。スッキリ気持ちいいよな。カラオケ最高!」

「ですよね〜! 私カラオケ大好きなんですよ〜!」

「あ、あはははは! 奇遇だなぁ実は俺も————」

「なんちゃって♪」

「————えっ?」


 ニヤリと底意地の悪そうな笑みを最愛が浮かべた次の瞬間、俺はカラオケルームのソファーに押し倒されていた。


 

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