第6話 にやにや。

「あ〜、天川くんめ〜っけ!」


 校門近くまでやって来ると、茶髪の少女がこちらを見つけるやいなや跳ねるように駆け寄ってきた。


 彼女の名前は姫咲萌香ひめさきもえか

 色を少し抜いた明るい茶髪のゆるふわセミロングが特徴的な少女。

 俺はあまり詳しくないが、ファッション雑誌の読者モデルをしていて、学園内でもファンが多いらしい。

 学園内では立花先輩に勝るとも劣らない有名人にして超の付く美少女。

 天然モノのリア充だ。


 それだけ聞くと俺とは一切縁が無さそうなのだが、去年クラスメイトだった彼女とは様々な偶然が重なってたびたび会話する仲にある。


「おはよう〜。3月ぶり〜」

「おう。おはよう」


 姫咲はさも当然といったふうにリア充の距離感で俺の隣へ並ぶ。

 肩が触れ合いそうだ。顔も近い。爽やかな香りが鼻を襲うし、たわわに揺れるおぱーいは心臓に悪い。


 童貞にはとても耐えられる状況じゃないんだよなぁ————いや、俺もう童貞違うじゃん。


 そう思うと、少しだけ心に余裕が生まれるのを感じた。

 女体とか初めてじゃないしぃ?

 まぁ、琥珀と姫咲ではその発育に相当な差があるのは確かだが……。

 琥珀が悪いんじゃない。

 この姫咲と立花先輩が異端で、発育の暴力なんだ……。


「ほんとすっごい久しぶりな気分だよ〜。わたしさー何度も天川くん遊びに誘おうって思ったんだけど、その度にわたし連絡先知らない〜ってなってね〜? なんで〜? って〜。悲しかったよ〜」

「いやそもそも姫咲と休日に遊んだこととかないし」


 え? なに姫咲、俺に会いたかったの?

 早く言えよ! 

 連絡先くらいいくらでも教えますよ!?

 何が悲しくて幼馴染の高校デビュー計画に付き合わされる春休みを送ってたんだ俺はぁあぁあ!!!!


「そだっけ〜? 教室でいつも一緒だったから気づかなかったよ〜」


 醜い心の声を知る由もなく、姫咲はこてんと可愛らしく首を傾げた。

 じつに女の子らしい仕草にドキリとする。


「ま、まぁ、最終手段としてはクラスの連絡網で電話できただろうけどな」

「あー! それだー! もー! もーもー! なんでそれをもっと早く教えてくれないの〜!? わたし、すっごくヒマしてたのに〜!!」


 ポカポカと俺の身体を叩いてくる姫咲。痛くはない。


 でも、スキンシップ過剰!

 なんでイチイチ叩くの触るの近いの!?

 やっぱりリア充の距離感つれえわ……。


 俺はまだまだ陽の世界と縁遠いらしい。


「俺は姫咲に連絡しようとか思わなかったし……」

「うぅ〜悲しい〜。悲しいよ〜。わたしたち、お友達同盟を組んだ仲だよ? ズッ友なんだよ〜?」

「……お互いに連絡先を知らない程度のな」

「ぐっは〜。それを言われると痛い〜! 心にダイレクトアタックだよ〜!」

「お、おう……すまん」

「もう……わたし、天川くんのためならいつでも時間空けてるんだからね~?」

 

 は? なにそれ? 告白?

 待て待て待て。ヒッヒッフー。ヒッヒッフー。

 落ち着け。こんなことで取り乱す俺じゃない。


 姫咲萌香は、天真爛漫で誰にでも優しい少女。

 基本的に心にもないことを言う子でもない。むしろ本心からの言葉ばかりな気がする。


 だけどそこに込められている感情は、あくまで友人に対するものだ。

 このウルウルと涙が滲んで煌めく上目遣いも。寄せられる極上のおぱーいも。いちいちさわさわしてくる細い指も。甘えるような声も。


 ぜんぶ、友達だから。

 

 決して、勘違いするな!

 その先にあるのは地獄だぞ!


『ひ、姫咲、好きだ! 俺と付き合ってくれ!』

『え……? あ、その……ごめんね。あなたのことはイイお友達だと思ってるけど……そんなふうには見れないかな~、なんて~、ね?』


 困った顔で苦笑いする姫咲。

 そんな光景が目に浮かぶ。

 いや絶対今までに何度もあった事件だって! 男たちの骸が無数に転がってるって!


 非童貞はそんな過ちを犯さない。

 彼女の前ではクールな友人でいることこそが最善で、幸福なのだ。


 とりあえずここは、そもそもの元凶である連絡先を交換することで手を打つこととする。友達として。


 しかしマジか。この2日間で学園きっての美少女の連絡先を2つも……!?


 死ぬかもしれん、俺。


「にやにや。にやにや〜。わくわく~。これで天川くんといつでもお話できるね〜?」


 姫咲は俺の連絡先が表示されたスマホを握りしめて嬉しそうに緩んだ顔を見せる。

 

「そ、そうだな」

「うん♡」

「ぐはっ」


 ハートキャッチ。

 まったくいい人生だった。ではまた、来世。


「ね、ねえ……スズメ……?」


 気づけば、前を歩いていたはずの琥珀がこちらを振り返っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る