第7話 あとでお仕置きね♪

 わずかな沈黙。


 なんだ、琥珀か。

 ひどく驚いた様子でこちらを見ている。

 これは俺が美少女と話していて面食らっちゃったかなぁ。

 それとも嫉妬っやつかな。うんうん。


 でも今は琥珀に構っている場合じゃないんだ。


「すまん今、幸せすぎて天に召されるので忙しい。後にしてくれ」

「え、あ、うん……サヨナラ」

「さよならしないで!? 引き止めて!?」

「めんどくさ……」


 蔑んだ瞳が俺を貫く。姫咲の後だと余計に冷たく感じた。


 さもどうでも良さそうに俺の昇天を吐き捨てた琥珀はパッと話を切り替えて、物申す。


「そんなことより……スズメ! これ、どういうこと!?」


 いつになくハイテンション。

 こんな琥珀を見たのはいつぶりだろう。


「なにが」

「その人のこと!」

「あん?」


 琥珀は俺の隣でスマホを眺めてぽわぁ~っとトリップしている姫咲を指さす。

 どうやら姫咲は琥珀の存在にも未だ気づいていないらしい。


「姫咲萌香さん、でしょ!?」

「え? あー、そうだな」

「そうだなって……超人気読モだよ!? なんで教えてくれなかったの!?」

「オマエもそういうの興味あったんだなぁ」


 意外〜。琥珀ちゃんもお洒落したいお年頃なのねぇ。おませさん。


「あった……というかこの春休みからだけど……!」

「あ、なるほど」


 高校デビュー計画の過程でファッション雑誌にも触れたのだろう。


 言われてみれば少し、春休み前までよりも琥珀の美少女度に磨きがかかったような……?

 具体的にどこがと言われても分からないけれど。


 推定美少女レベル53万の琥珀は少し文句ありげに口を尖らせる。


「……仲良いの?」

「休日に会ったことがないくらいの仲だな」

「ナニソレよく分かんない」

「じゃあ今さっき連絡先を交換したくらい」

「ふ、ふーんそうなんだ……まぁ、どーでもいいけど」

「どうでもいいんかーい」


 なら聞くな。


「じゃああとでお仕置きね♪」

「なじぇ!?」

「スズメと萌香さんの交友関係についてはどーでもいいけど、萌香さんと知り合いだったのを隠してたことは許さない」

「ええ……」


 だから、俺たちそんなことを話す間柄じゃないじゃん。


 俺たちが2人で「あー俺今日姫咲萌香っていう人気読モとお知りあっちゃってーかくかくしかじかでーマージテンアゲでさー」「えー? まぁじぃ? クッソやばたにえーん」とかお友達の話してたら気持ち悪いじゃん。


 そもそも琥珀に友達いないから悲しくなるだろ言わせるなよ……。

 俺もあんま友達いないけどな! がはは!

 

 え、俺たち幼馴染って……いや、これ以上はやめよう。


 俺への文句を済ませた琥珀はすぐさま姫咲の方へ向き直る。

 どうやら俺のことは本当にどうでもいいみたいですね。嫉妬とか。笑。


「あ、あにょ! ひ、姫ちゃき萌香さんですよね!?」


 ものっすごい興奮が滲み出た裏返り気味のテンパリボイス。

 琥珀さんどうしちゃったのん?

 猫被りともまた違う。あれは素でありながら、素ではない。

 琥珀ver.3(テンパリの姿)と名付けよう。ちなみに1が俺の前で見せる素の姿。2が学園仕様の猫被りだ。


 琥珀の声に反応して、姫咲がようやく旅を終えて帰ってくる。


「え、あ、はい! 姫ちゃき萌香です!? な、なに!? だれですか!?」

「わ、ワタシ、猫村琥珀って言います!」

「こ、琥珀……ちゃん? 新入生かな〜? すっごい可愛いね〜」

「ほわぁ……も、萌香さんがワタシに可愛いって……可愛いって〜〜!」

 

 顔を真っ赤にして身悶える琥珀。


 あ、もういい加減分かった。

 コイツ、人気読モ姫咲萌香のファンなんだ。しかも、かなり重度の。

 

 だから俺に突っかかってきたわけだ。

 じゃあ嫉妬というのもあながち間違いではないのか。矢印の方向が違うけど。


「わ、ワタシ、ティームホップを読んで萌香さんの大ファンになりました!」

「え? わたしの〜? ほんとに? えへへ〜嬉しい〜!」

「これからも応援してます! 頑張ってください!」

「ありがと〜。頑張るね〜?」


 姫咲はぽわぽわとした様子ながらも心底嬉しそうに笑顔を見せた。


「あ、そうだ〜。わたし、もっと琥珀ちゃんとお話、したいな〜」

「い、いいんですか!?」

「うん〜可愛い後輩ちゃんだし、ホームルームまで時間あるから。ね〜?」

「ま、また可愛いって……あ、でも時間……」

「ん〜?」

「ご、ごめんなさいワタシこれから生徒会室に行かなきゃで……」

「ありゃりゃ。そうなの〜? 残念。じゃあまた今度だね〜」

「はい! ぜひ!」


 琥珀と姫咲は手を取って笑い合うと、連絡先を交換した。


 あの琥珀が……猫被りでもなんでもなく素直で可愛い後輩をしている……だと!?


 姫咲を見る琥珀の目はまさに尊敬の眼差しだ。

 俺にはそんなの一ミリも向けたことないくせにぃ……!


 あまりに驚愕的な事態に呆然としながら2人を眺めていた俺の元へ、琥珀が駆け寄ってくる。


 な、なにかな。

 俺にも後輩ムーブしてくれるのかな? 

 ドキドキ。モジモジ。ウズウズ。

 よ、よーし先輩、可愛がっちゃうぞ〜?


「ふんっ!」


 なにぃ……? 痛ぁい……スネ蹴られた……。


 これがお仕置きか……泣ける……。


 琥珀は姫咲に一礼すると、俺には一瞥もくれず校舎の方へ走り去っていった。

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