第5話 あ、ありが…………ぅ……。

 新入生代表、挨拶。

 琥珀が名前を呼ばれ、壇上へ上がる。


 俺は琥珀の付き添いとして特別に、会長席の隣で入学式に参列していた。


「彼女、堂々としているわね」

「そうっすね」

「あなたのおかげ?」

「いやいや。あいつは自慢の幼馴染ですから。人前で話すなんていつものこと。お茶の子さいさいで。緊張も何もないんでしょうよ」

「そう」


 立花先輩はニコリと笑ってくれた。

 それは心なしか、初対面の時よりも優しい微笑みだった気がする。


『暖かな春の訪れと————』


 琥珀の凛とした声が体育館に響く。

 気品を絶やさず、礼儀を忘れず、笑顔の眩いその挨拶に、きっと参列者の全員が聞き入り、見入ったことだろう。


 少なくとも、新入生たちが最初に覚えた同級生の名前は、猫村琥珀。

 そうなったことは間違いない。


 そして入学式は終わり、新入生たちが退場していく。続いて来賓、保護者。

 気がつけば、先生方や生徒の関係者だけが残された。


 新入生は恐らくこれから話やら何やらあるのだろうけれど、俺の役目はもう終わりかな。


 さっさと帰って一眠りでもしよう。全力の残○拳で未だに足がプルプルしている。


「お疲れ様、えっと……天川くん、でいいかしら」

「え、あ、はい。どうも。スズメくんとお呼びください。先輩こそお疲れ様です。会長挨拶、見事でした。感動しました」

「天川くん、大げさね。あんなの普通よ。私は慣れてるもの」


 立花先輩はさらりと黒髪を揺らし、余裕の笑みを見せると「でも、ありがとう」と俺の賛辞を受け止めた。


 年上の女性って、いいなぁ。

 琥珀とはこう、色香が違う。

 髪……というか身体全体からいい匂いを放っていそうだし。

 身体のラインもより女性的で、ボンキュッボンで。

 おっぱい大きい! 揺れる! 


「あー俺、何かすることあります?」


 自然とそんなことを口走っていた。

 本能的に立花先輩と同じ空間で同じ空気を吸っていたいらしい。


「大丈夫よ。後片付けは各委員会に振り分けてあるから」

「そ、そうっすか……」


 少し残念。


「ふふ。ありがとう。優しいのね」

「へ? いや、べつに? ただ暇だから何か手伝えないかなぁとか? 思っただけで?」

「そんな人だから、猫村さんもあなたを連れてきたんでしょうね」

「はぁまったくその通り暇なだけが取り柄であいつにはいつもいつもこき使われて……って……ん……?」


 なぜか、先輩がクツクツと忍び笑いをしている。

 なんか……違和感が……?


 モヤっとした違和感を拭えないまま、先輩は話題を次へ移した。


「そうだ。連絡先、交換しましょうか」

「ほわっつ?」


 どこの国の言葉ですか? 

 さすが先輩は何カ国語も習得しているのだろう。ますます憧れてしまう。

 

「あなたとは、そうするべきな気がするの」


 お、おう……それはまた……。


 なんですかぁそれえ!!?!?

 運命感じちゃったやつですかぁ!?!?!


「ダメかな?」

「い、いえもちろんオーケーですはい! ディステニーオールオーケーバッチコーイ!」

「よかった」

「アイムソーハッピーニューイヤー」

「英語が苦手なのね」


 残念。英語に限った話ではありません。


 それじゃあ、また。

 と、そう言って先輩と別れた。


 なに? モテ期キタ?

 それとも童貞を失ったことにより何かエクストラスキルでも獲得したのだろうか。

 エクストラスキル『美少女タラシ』とか。ないかなぁ……ないなぁ。


 しかしまぁ、奇跡かもしれないがいきなり学園一と言っても過言じゃない美少女の連絡先を入手してしまった。


 もうカノジョができたと言っても過言じゃない。


 ……かもしれない!



 ◇◆◇




「……き、昨日は……あ、あり……あり、ありが……ありが……〜〜〜〜っ」


 翌日。春休み明けの朝。

 登校のため家を出ると玄関前に見慣れた黒髪少女、琥珀が立っていた。

 こちらにはまだ気づいていない様子で、何やら小声でブツブツと呟き悶えている。


「ス、スズメ……その、その、えと、ね……」


 え。なんか俺の名前聞こえた気がする。顔赤いし。こわいんですけど。

 

「おい琥珀? どうかしたのか?」


 恐る恐る声をかけると、琥珀は驚いた様子で飛び退くようにこちらを向いた。


「えっ? す、スズメ!? なんでここに……!?」

「いや俺の家だし」

「いつのまに……。ストーカーなの?」

「ちげえよ……」


 どちらかと言えばストーカーはオマエじゃい。


「……なんか用なのか?」


 ため息を吐きつつ問いかける。

 まさか俺はまたどこかへ連行されるのだろうか……。

 昨日の「ちん○ん削っちゃうから♪」が脳裏をよぎって寒気がする。


 しかし琥珀は昨日とは打って変わってしおらしい態度でオドオドとしていた。


「うっ……その、え、えっと……その、ね?」


 琥珀は何か言いたげにちらちらと上目遣いでこちらを窺う。


「その……スズメ……昨日はその、あ、あり、ありが……ぁ……っ」

「あり……? なんだよ。はっきり言えよ」

「あ、ありが…………ぅ……」

「………………?」


 琥珀の声はどんどん小さくなる一方で、何か口の中で呟いているのは分かるのだが、聞き取るには至らない。


 首を傾げていると、琥珀は我慢ならないとでもいったふうに踵を返した。


「……も〜〜〜〜っ! な、なんでもないっ! もう行く……!」

「お、おう……?」


 ドスドスと早足に歩き出す琥珀。


「お、おいおい待てよ。琥珀〜? 学校行くんだろ? 一緒に行くんじゃ……」

「クサイからムリっ」

「ふぁ!? まだそれ言うの!?」


 よく分からないが、今日も今日とてご機嫌斜めのようだ。

 昨日から散々暴力も振るわれているし、こんな時はもう関わらないに限る。


 考えてみれば俺と一緒に登校して、素の琥珀が学園生に見られてしまうのもよくない。


 とは言っても目指す方向は同じなので、俺は昨日と同じようにある程度の距離を保ちつつ琥珀を追うように歩き始めた。


 結局、今朝はなにしに来ていたんだろう。


 毎度のことながら行動が読めない気まぐれな子猫だった。

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