第3話 ジョーダン。
一つ年下の幼馴染。
さらりと流れる短めの黒髪から覗く、キュッとあがった目尻にクリクリと大きな瞳が印象的。
童顔で可愛らしい顔は非常に良く整っており、もっちりすべ肌。
体躯は小柄ながらもしなやかで美しいラインを描き、スタイルの良さを窺わせる。
ただし、ちっぱい。(※成長途中 ※本人談)
とまぁ、客観的に幼馴染を説明するならまぎれもなく美少女ではあるのだが……俺から言わせれば猫みたいな女、という一言に尽きる。
猫みたいにいつも何を考えているのか分からない。
たまに近づいて来たと思ったら、気づけばまた遠くにいたり。
稀に気が合うと思う時もあれば、いがみ合いも日常茶飯事。
俺自身、琥珀との関係にはどのような名前を付ければよいのか分からなかった。
とりあえず、幼馴染という言葉がちょうどよく転がっていたので使うことにしている。
「なぁ琥珀」
隣を歩く琥珀に声をかける。
いや、隣と言うには少し語弊がある。
俺たちは車一台くらいの細道を両幅いっぱいに使って歩いていた。
「おーい、琥珀さーん?」
名前を呼んでみるが、反応なし。
おかしいな、プリンを献上して好感度は稼いだはずなのだが。
……あ、さっき制服褒めたら何故か真っ赤になってキレられたんだった。
とりあえず一歩、琥珀の方へ寄ってみる。
「こーはーくーさーん」
「近づかないで。クサイの」
「ふへぇ?」
そういうこと!? だから遠いの!?
機嫌を損ねたから心の距離を取られたんじゃなくて物理だったよ!
「え? マジ? 俺クサイ? クサイの?」
「正直キツい」
「言い方めちゃガチっぽーい!? やめて!? ねえやめよ!? さすがの俺だって幼馴染にそんなこと言われたらへこむんだからね!? イジメだからね!?」
俺は涙ながらに琥珀へ縋りつこうと距離を縮める。
しかしそれに気づいた琥珀はまるで獣に襲われそうな小動物みたいに身体を強張らせて後ずさったかと思うと、
「近づくな。この……ヘンタイっ!」
「ゲボホォ!?」
逃げるでもへたり込むでもなく、実力行使のおみ足が振り上げられた。
「いってえ!?」
顔面を靴の裏で思い切り踏みつけられた。
「踏んだぁ! 琥珀ちゃんが何の罪もない哀れなクサイ幼馴染を踏みつけたぁ!」
俺にはそんな趣味ないんだからね!
美少女に踏まれたって気持ちよくないんだから!
「うるさいご褒美でしょ。大きな声出さないで。次は削るから」
「あ、はい。ごめんなさいもうしません」
「ん。わかったら離れて」
「はい」
最速で琥珀から離れる。命の危機ってやつを人間は感じ取れるのだ。
ほとぼりが冷めてから、俺は小声で琥珀に向かって囁く。
「……なぁ、そんなにクサイ?」
「……うん」
「うそぉ。ちゃんと琥珀が選んだやつしか使ってないんだけとなぁ」
スンスンと己の匂いを嗅いでみるが、よく分からない。
「スズメの存在自体が放つ異臭だから仕方ないの」
「マジか。そりゃ仕方ないな、うん」
……泣けてきた。
「……ーダン」
「へ?」
さめざめと涙を流していると、琥珀が小さく呟いた。
「なに? 聞こえない」
そろそろと近づいて耳を澄ませる。
すると琥珀は頬を染めて視線を逸らしながらもう一度口を開いた。
「……ジョーダン、って言ったの。ぜんぶ、ジョーダンだから」
「え? あー、うん?」
なんだ、今までのは小粋なジョークだったのか!
「なんだよそれなら早く言ってくれよぉ。琥珀はそういうの下手っぴだよなぁ冗談に聞こえなかったぜ〜!」
喜びと安心から琥珀の背中をバンバン叩く。
「…………〜〜〜〜っ、バ……っ!?」
またしても琥珀の身体が強張りビクンッと跳ね上がる。
そして顔を真っ赤にしてワナワナと震え始め、最後にニッコリとこちらへ笑いかけた。
「うん……ジョーダン……だよ……? ホントはね……?」
「え、お、おう……本当は……?」
「掃き溜めよりもクサイからさっさと消えろこのスケベ! エッチ! ヘンタイ!」
「ぶふぇ!?」
あ〜りがとうございま〜す!
なんてお約束は言わねえよ!?
なんでぇ!? 俺、何かしましたか!?
俺は宙を舞った。
我が幼馴染ながらいい蹴りしてやがるぜ……。
数分後。
クサイ俺は結局、琥珀から数メートル離れて歩いていた。
先程の蹴りの際、白のおパンツが見えたので俺の身体に損害はない。すべて治癒した。
いくら幼馴染と言えども、パンチラは尊い。
「で、どこに向かってるんだ? まだ聞いてないんだけど」
琥珀が制服姿であったことと、今まで通って来た経路からしてすでに目処はついていたのだが、改めて聞いてみる。
「ガッコ」
「まぁ、そうだよな。もう少し面白い答えを期待してた」
「じゃあ、ユーエンチ」
「くっそウケるー」
琥珀と2人でとか、ないわ。
少し見上げれば、すでに見慣れた校舎が見え始めていた。
「一応言っておくが、今日はまだ春休みな。気持ちが逸りすぎてフライングしてしまったかいお嬢さん。仕方ないなぁこのことは偉大な先輩である俺がちゃーんと黙っててやるよ。だから恥ずかしがってないで、今日のところはさっさと帰ろう、な?」
よしよしと、子供を宥めるような慈愛に溢れる心で琥珀に提案する。
俺ったらなんてイイ先輩なんだろう。
「今日、入学式」
「……あ、そう」
「うん」
「………………」
恥ずかしい!
自分には一切関係のないイベントすぎて忘れていた。
そうか入学式って春休み中にやるんだ!? お疲れ新入生! 去年の俺もお疲れ!
……さて、俺は帰ろうか。
「ちょっと。なに帰ろうとしてるの」
「いや、実は俺……今年度から2年生でさ……入学式には、出ないんだ」
「ウソ……留年したんじゃなかったの?」
「してねえよ俺にそんな度胸があるように見えるか!?」
留年するくらいなら学校辞めてる!
そして新学期にいなくなった俺に誰も気づかないところまで読める!
なにそれ悲しい。
「ジョーダン」
「………………」
クスリと、琥珀は口元を吊り上げる。
「今度はホントに。スズメは2年生。だと思う……よ? たぶん……?」
「なんで疑問を残しちゃうの!?」
「いいから、ついて来て」
「へいへい。……かしこまりましたよ」
まぁ、いいだろう。
幼馴染の晴れの日に学校へ行くのも悪くない。なんたって俺は非童貞(ここ重要)で心に余裕がいっぱいの大先輩だからな。
少し早足になった琥珀の中距離後方をのっそりとついて歩く。
「は〜、まったく琥珀ちゃんは俺がいないと何にもできないんだからなぁ〜」
「は? なにそれウザい」
「だってそういうことだろう〜? 俺がいないと〜、琥珀は〜」
「うるさい。今日のスズメはワタシの背後霊。その異臭で危険を排除してくれればいいの」
「え、まだそのネタ引きずるの?」
「………………(ニコッ」
笑顔でスッと距離を広げる琥珀。
「やっばガチ? ガチでクサイの!? ねえ!?」
琥珀は俺を無視して先を歩いてゆく。
「琥珀さーん!?」
慌てて追いかける。
それにしても、今朝の琥珀は少し様子がおかしい。
冷たいのはいつものことだが、幼馴染をこんな暴力系ヒロインに育てた覚えはない。
でもまぁ、入学式だからかな。
今日は琥珀にとって、大事な日だ。
どんどん距離が開いてゆく幼馴染と共に、2週間ぶりの校舎を目指した。
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