第31話 不思議な関係

「えー! それじゃあ、日乃ひのくんひとり暮らしなんだ!」


 上矢かみやとの話題は、主に俺についてだった。

 新学期が始まって一週間になるのにほとんど情報が無い俺に、上矢は疑問が絶えないようだ。


「まあ、親戚が近くに住んでるけどね」

「それでも家ではひとりなんでしょ? いいな~」

「やってみると結構大変だよ。ご飯も洗濯も掃除も全部自分でやらないといけないから、自由な時間が結構減るし」

「そっか~、一長一短だねぇ」


 残念そうに上矢は弁当のおかずを口に運ぶ。

 口振りから察するに、上矢は実家暮らしなのだろう。


「上矢は一人暮らしがしたいと思ってたの?」

「うーん、憧れはあるかな。なんか大人な感じするでしょ?」

「まあ、そうかも」

「あと、うちは弟が二人もいるからさ~。家の中で静かな時間が欲しい時もあるんだよ」


 うんざりそうではあるものの、表情は笑顔だ。

 いろいろ悩みはあるのだろうけど、弟達を想っていることが窺えた。


「日乃くんはきょうだいいる?」

「妹が一人」

「へー、日乃くんお兄ちゃんなのか」

「どうかな。自分が兄をやれてるかわかんないし、そもそもあいつは俺のこと兄だと思ってるのかも怪しいよ」


 苦笑する俺に、上矢はばつが悪そうな顔になった。


「もしかして、仲悪いの……?」

「いや、そういうわけじゃないよ。たぶんナメられてるってだけで」

「あー、なんかわかるかも。あたしも弟達にナメられてると思うもん」

「案外、どこのきょうだいもそういうもんなのかな」

「たぶんそうだよ」


 『兄』と『姉』で共通の答えを出して笑い合う。


「なんか、意外だった」


 ふと、上矢がそう口にする。

 俺はそれに首を傾げた。


「何が?」

「日乃くんのこと。人付き合いが好きじゃないのかなって思ってたんだけど、全然そんなことなかったや」

「そんな風に見えてたの?」

「だって、昼休みも放課後もすぐ教室からいなくなっちゃうんだもん」

「あー……」


 そう言われて、納得してしまった。

 そのほとんどが姫川ひめかわさんとの時間だったこともあり、どう言えばいいのか余計わからなくなる。


「あ、でも昼休みは誰かと約束があったんだよね。放課後も?」

「えっと、うん」

「クラスメイトよりも先に約束するような仲ってことは、もしかして前からのなの?」


 上矢から出てきた『友達』のワードに、俺は意識を持っていかれた。

 俺と姫川さんは『友達』なのだろうか。思えば、不思議な関係だ。

 始まりは『店員とお客さん』で、それが『クラスメイト』になって。

 たしかに遊びにも出かけた。ただ、それで『友達』と言い切っていいのか俺にも自信がない。


「――日乃くん?」


 名前を呼ばれて、俺は思考から意識を取り戻す。


「……あ、ごめんごめん。春休みにたまたま知り合ったんだよ」

「そうなんだ。なんか運命的だね」


 それを俺は肯定も否定もせず、上矢もそれ以上の追求はしてこなかった。



   *



 帰り道、自分のマンションが目前なのにも関わらず俺は足を止めた。姫川さんの住むマンションだ。

 俺はどうしても姫川さんの体調が気になって仕方がなかった。

 ただ、いきなり尋ねるわけにもいかないし、そもそも姫川さんが何号室に住んでいるのかも知らない。

 俺に出来ることは何もないとわかっているつもりだったのに、改めてそれを理解してため息を吐いた。


 そんな俺に、後ろから声をかける人がいた。


「――あの」


 不審がられたのかと不安を覚えつつ、振り返る。

 そこには買い物帰りと思われるエコバッグを手に下げた女性が立っていた。――とても綺麗な人だ。

 面識はない。でも、その顔立ちと雰囲気にはどこか見覚えがある。不思議な感覚だった。


「その制服、清海せいかい高校のですよね?」

「……え? あ、そうです」


 いろいろな疑問に気を取られて、女性の質問に少し返答が遅れてしまった。

 しかし、相手はそれを気にするどころか答えを聞いた途端、捜し物を見つけたように目を輝かせた。


「もしかして、だったりしませんか?」


 見知らぬ相手に名前を言い当てられ、普通なら不審に思うところだろう。

 でも、俺は不審どころか驚きもしなかった。――いや、驚きはしていた。まさか、思いもしていなかったのだから。


 戸惑いつつ、俺は「はい。日乃です」と肯くと、相手は「やっぱり!」と嬉しそうな声を上げた。


 そして、


「はじめまして、愛葉あいはの母です」


 ――やっぱり見覚えのある笑顔で挨拶された。

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