第27話『店員さん』と『常連さん』はじめてのお出かけ。⑧
まず最初に向かったのはどこかの店舗ではなく、フロアガイドが映されたディスプレイだった。
ショッピングモール内を巡ると言っても、一日で全てを見て回るのはやっぱり難しい。それなら、どのフロアにどういった店舗があるのかを先に把握して効率よく回ろうという話に落ち着いた。
このモールは地上四階と地下一階の五フロアで構成されていて、俺と
「何か気になったお店はありました?」
ディスプレイに表示されたマップを見ながら、俺は姫川さんに尋ねた。
「えっと、いくつかあったんですけど……」
「全然いいですよ。どこですか?」
「その……レディースの服を見ても、日乃さん困りますよね……?」
たしかに俺はレディースの服を着ないし、全く関係ないと言える。
とはいえ、そういう店には入りたくないとまで思わない。姫川さんの付き添いという理由もあれば、尚更だった。
それに、引っ越す前に散々――と、今は余計な記憶が出てきそうになり、俺は考えるのをやめた。
「慣れてますから、気にしなくて大丈夫ですよ」
レディース服の店舗が集まった場所をフロアガイドで確認しながら答える。
「……慣れてる」
姫川さんが何か言ったような気がしたが、周囲の喧噪に負けてよく聞き取れなかった。
俺は「今、何か――」と姫川さんに聞き返そうと隣を見る。
「――っ」
今まで見たことない、姫川さんの不愉快そうな表情がそこにあった。
表情だけじゃなく、その雰囲気までもが俺の背筋を凍らせられるような気がした。
「ひ、姫川さん……?」
恐る恐る声を掛けると彼女はハッと顔を上げ、同時に小さく咳払いをする。
「……なんでもないです。さ、行きましょう」
「は、はい」
珍しく――というか、初めて俺より先を歩く姫川さんに引っ張られる形で目的地へ向かうのだった。
*
レディースブランドの店舗を数軒回っているうちに、姫川さんの様子も元通りになり、俺も安心して付き添っていた。
次のお店を目指しつつ、俺は姫川さんに尋ねる。
「そういえば姫川さん、服はよく買いに行くんですか?」
「いえ、普段はオンラインサイトで」
俺はあまり服を買うタイプではないのでわからないが、そういう人の方が今は多いだろう。
「でも、ファッション雑誌とかを見るのは好きなんです。だから、こうして目の前に実物があって直接触れたり、合わせたり出来るのは嬉しいです」
「それなら良かった」
「
「あー、俺は……買ってるというか押しつけられてるというか……」
「……?」
首を傾げる姫川さんに、俺は誤魔化すように笑って見せた。
「俺も姫川さんと似たような感じですね。ネットとかです」
まだ納得しきれていなさそうな姫川さんだったが、すぐに別のことに意識を引きつけれらたようだった。
「あの、このお店に入ってもいいですか?」
その言葉と同時に二人で足を止める。
姫川さんが見ていたのは入り口に『
「……ここですか?」
「だめ、ですか?」
「い、いや、全然。行きましょうか」
俺は少し気を引き締めて店の中へ入っていく。
入店してすぐ、姫川さんの嬉しそうな声。
「ここのブランド、ネットだとすぐ売り切れになってしまって中々手に入らないことも多いんです」
「へー……」
「最近は海外展開も始めて、益々注目されてて」
「な、なるほど」
好きなものの話になると饒舌な姫川さんに、俺は無難な相づちを返すだけになってしまう。
しかし彼女はそれを気にした様子もなく、目の前に陳列された服を一つ一つ手に取っていく。
そんな中で、姫川さんの手が止まる。
「かわいい」
所謂、一目惚れというものだろうか。そのワンピースに見蕩れている。
「姫川さんなら似合うと思いますよ」
「そ、そうですか?」
「はい」
そんなやりとりをしていると、
「よろしければ、ご試着されますか?」
姫川さんの悩む様子を見て、最後のひと押しだと思ったのかもしれない。スタッフさんが柔やかに声をかけてきた。
「――っ」
ただ、それは姫川さんには逆効果だった。すぐに俺の後ろへ隠れてしまう。
相手は大人なので、単純に人見知りな部分が出てしまったのだろう。
そんな姫川さんの代わりに、俺が話をすることにした。
「お願いできますか?」
「はい。それではこちらへどうぞ」
俺が答えたことに少しの疑問も見せず、スムーズに試着室へ案内される。
そして「ごゆっくりどうぞ」と言い残して去って行く。
「勝手に話を進めちゃって、すいません」
俺が謝ると、姫川さんが何度も首を振った。
「そんなことないです! あの、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をした姫川さんは、そのまま試着室へ。
「それじゃあ、俺はメンズのコーナーを歩いてるんでゆっくり試着してください」
このブランドはメンズも取り扱っているので、試着室の前で待つという気まずい状況にならないのはとても助かる。
そう言って離れようとした俺の腕が、力強く掴まれた。
「ま、待ってください」
腕を掴んだのは、他でもない姫川さんだった。
「着替えたところも……み、見て欲しい、です」
俯きがちにお願いされ、俺は固まる。
いろいろと頭の整理が追いつかないけれど、これは断れないということだけはわかってしまう。
「わ、わかりました……待ちます」
ぎこちなく肯く俺を見て、姫川さんは逃げるように試着室のカーテンを閉めた。
取り残された俺は、試着室の向かい側に備え付けられたミニチェアーに座る。
……なんでこうなった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます