第26話『店員さん』と『常連さん』はじめてのお出かけ。⑦
ハンバーガー店を出たのは、午後二時になろうかという時間だった。
外へ出るなり、俺は軽く伸びをする。すると、一緒に欠伸も出てきた。
春の陽気と、丁度良い満腹感がそうさせたのだろう。
ふと、クスクスと笑う声が聞こえてきた。
隣を見ると、
俺は欠伸を笑われた恥ずかしさを誤魔化すように、咳払いをひとつ。
「まずはどこに行きましょうか」
「あの、東口にあるショッピングモールはどうですか? 一度だけ行ったことはあるんですけど、その時はあまり見て回れなかったので……」
今朝利用した映画館を含め、俺と姫川さんの現在地は西口側だ。
最近は東口側が再開発で新しい施設がいくつも建っているらしく、ショッピングモールもそのひとつらしい。俺も引っ越して来てから一度だけ行ったことがあるものの、たしかにその一度では回りきれないほどに広かった。
「じゃあ、そこにしましょうか」
「はい」
特に悩むこともなく、俺と姫川さんは次の目的地を決めて歩き出した。
*
「ありましたね」
姫川さんが指差す先には、駅からショッピングモールへ直通の連絡通路がある。
流石は大型施設というだけあり、その通路に向かって多くの人の流れが出来ている。以前来た時は叔父さんの車で来たため、この通路は使わなかった。
俺と姫川さんもその流れに乗ってモールの中へ入る。
すると、さっきまでとは比べものにならないくらいの人の多さに足が止まった。
今通ってきた通路もかなり人が多く息苦しいものだったのだが、施設内は端から端まで人で溢れている。慣れていないと人酔いしてしまいそうだ。
自分でもそう感じるのだから、姫川さんは尚更に違いない。
そう気付いた時、左袖に重みが少し加わる。その感覚は今日何度も感じてきたものと同じだった。
心配になって姫川さんの顔を見ると、少し様子が違った。
下を向いて辛そうにしているのではなく、周囲の様子を伺うようにキョロキョロとしている。たまに年が近そうな人が視界に入ると下を見てしまうが、またすぐに顔を上げて周囲を見る。それの繰り返し。
少しの間それを眺めていると、俺の視線に姫川さんが気が付いた。
それと同時に、俺の袖をパッと手放した。
「ご、ごめんなさい!」
無自覚だったのか、とても恥ずかしそうにしている。
俺としてはもう慣れたのだけれど、もしかしたら今日の同じ行動は全部無意識だったのだろうか。
それを今は気付けたというのは、それだけ姫川さんにも余裕があるということかもしれない。
「謝らなくて大丈夫ですよ。これだけ人が多いと逸れたりするかもですし、握っててもいいですから」
「……それじゃあ」
そう言って姫川さんは恐る恐る手を伸ばし、掴んだのは――俺の左手だった。
「――っ!?」
俺は袖のつもりだったのに突然手を握られ、驚きで左腕がビクッと少しだけ跳ねた。
手を振り切るような動きではなかったものの、姫川さんからしたら拒否反応のように感じてしまったのだろう。すぐに不安そうな顔に変わってしまう。
「だめ……でしたか?」
姫川さんの手を握る力が徐々に弱まっていく。
それに反発するように、俺はその手を強く握り返した。
「そんなことないです! その……今のはちょっと……ちょっと、ビックリしただけですから」
「いいんですか……?」
「も、もちろん」
俺が何度も肯くのを見て、姫川さんの手に力が戻る。
しっかりと握られた手――それを改めて認識すると、なんとも言えない気恥ずかしさを覚える。
……これは良くない。時間が経つほど増してく類いの厄介さだ。
「い、行きましょうか」
「はい」
こうして俺と姫川さんのショッピングモール巡りは始まったのだった。
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