第25話『店員さん』と『常連さん』はじめてのお出かけ。⑥
席に着き、メニューを渡された俺と
ウェイトレスさんがテーブルから離れると、直前の気まずさを引きずって会話が続かずにいたものの、幸いなことに今日は共通の話題があった。
俺が「映画、良かったですね」と一言口にすると、姫川さんが前のめり気味に話に乗って来てくれた。
そんなこともあって、気まずい空気なんてものはあっという間にどこかへ消えてしまった。
そんな俺と姫川さんの話題は、今し方運ばれて来たハンバーガーへ移っていた。
二人で注文したのは、パティをはじめとした、レタスやトマト、ピクルスなどをバンズで挟んだ一般的なタイプのハンバーガーだった。
「専門店のハンバーガーって、こんなに美味しいんですね!」
一口目を頬張った姫川さんが、感動した様子で笑顔を見せた。
比較的安価で食べられるファストフードのハンバーガーももちろん美味しいけれど、やっぱり値段が大きく違うだけあって全体的なサイズも味もこちらの方が満足感が大きかった。
半ば勢いで連れてきてしまったので、姫川さんの口に合わなかったらどうしようという不安がどうしても拭えなかった俺は、彼女の感想を聞いて安心した。
「喜んでもらえて良かったです」
これでなんとか今日の山場を乗り越えられたと言っても過言じゃないはず。
というのも、この後の予定は全くのノープランだからだ。
もちろんメインの目的である映画は終わっているし、今日はこのまま帰るというのもおかしくはない。
ただ、まだお昼を回ったばかりで解散は、高校生の休日としては少し勿体ないようにも思えた。
「姫川さんはこの後、どこか行ってみたい場所とかやりたいことってありますか?」
俺の問いかけに、姫川さんは「えっとー」と首を傾げる。
それから、少し恥ずかしそうに
「そ、その、普通の高校生って、休日はどんな風に遊ぶんですか?」
その質問に、今度は俺の方が「えっとー」と腕を組む番になった。
選択肢はそれこそ数え切れない程あるだろう。
安易に決めてしまうと必然的に同世代の人が多くいる場所に行くことになる。それはこの店に入る前の姫川さんの様子を考えるとなるべく避けるべきに思えた。
ただ、今の姫川さんからの質問は、選択肢としてというよりも知識として聞いているのかもしれない。
それなら、とあまり伏せずに話してみることにした。
「んー、もちろん今日みたいに映画を観たりご飯を食べに行ったりしますし、他にはボーリングとか、カラオケ、ゲームセンターなんかもありますね。他は……買い物とか? たまにテーマパークだったり、遠出したりもしますけど、よくあるのはこういうのですね」
「本に書いてあるようなことと違いはないんですね」
どこかホッとした様子の姫川さん。
どうやら自分の知識とズレがないかの確認をしたかったらしい。
「今挙げたものの中でも、それ以外のものでも、希望があれば俺は付き合いますよ」
「それなら……見て、回りたいです」
「買い物ですか?」
「えっと、どこに何があって、どういうことが出来るのかを。わたし、ほとんどわからないので……」
そう言われてみれば、昼食の場所を決めていなかったのもそういう理由だった。
「じゃあ、俺もわからないですし、一緒にまわって覚えましょう」
「――はい!」
思った以上の元気な返事に、少し驚いた。
しかしその直後、ハンバーガーを食べ進める姫川さんの手が止まる。
「……なんだか、夢を見てるんじゃないかって思うんです」
そう言って笑う姫川さん。――俺には、それが少し寂しそうに見えた。
「こんな風に誰かとお休みの日に約束をして、映画を観たり、一緒にお店でご飯も食べられるなんて、本当に嘘みたいで……」
今日が――いや、今日だけじゃない。俺が姫川さんと出会ってからの日々で、彼女にとって特別で当たり前でないことが、どれだけあったのか。全部でなくても、俺にも感じ取れる時はあった。
だから、今この時間を『簡単なこと』だとは言えなかった。
それでも――伝えられることは、きっとある。
「――夢でも、嘘でもないです」
「……っ」
姫川さんが目を見開く。
「姫川さんが今こうしているのは、ちゃんと現実で、姫川さん自身が行動してきた結果です。俺に言われても困るかもしれないですけど、自信を持って良いと思います」
「――はいっ」
さっきの寂しさを感じさせない笑顔で、姫川さんが応えてくれる。
その瞳が少し潤んでいるように見えて、俺はそれを気付かないようにハンバーガーを食べ進めるのだった。
今は『簡単なこと』と思えなくても、いつかそうなる日が来るように。
そして、自分が少しでもその力になれたら――そう願っていた。
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