第24話『店員さん』と『常連さん』はじめてのお出かけ。⑤
土地勘の無い地域で、特定の場所へ初めて向かうということに不安が無いと言えば嘘になる。
――でも、不思議と進む足には力が入った。
ありがたいことに目的地まではそれほど離れておらず、約十分程歩いているうちにスマホで確認したものと同じ外観の建物が見えてきた。普段から道に迷ったりするタイプではなくても、無事にたどり着けたことに安堵する。
姫川さんに建物を指差しで教えようと立ち止まると――
「――ふぎゅっ」
俺の背中の衝撃と共に、なんとも気の抜ける小動物のような声が発せられる。
すぐに何が起こったか察した俺は、慌てて振り返った。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だいじょぶです・・・・・・」
衝突したであろうおでこを、手で
「俺が急に立ち止まったからですよね、すいません・・・・・・」
「ち、違います! その、て、手を・・・・・・」
「て?」
「――な、なんでもないです! わたしがぼーっとしてたのが悪いですから!」
必死に否定する彼女の頬は微かに赤い。
やっぱり気を遣わせてしまったに違いない。
ただ、ここでどっちが悪かったなんて話し合いが不毛なことはわかりきっていた。
「そうだ、着きましたよ。あそこです」
「あそこですか?」
姫川さんと場所を確認し、目的地である建物の前で歩いた。
そこには木造建築の平屋が一軒だけ建っている。ただし、民家というわけではない。扉には『OPEN』とオシャレなフォントで刻まれたプレートがかけられていた。
「ここって――」
ここがどういった場所なのか。姫川さんが気付いたのは、扉の近くに置かれた立て看板に『ハンバーガー』の文字がデカデカと書かれていたからだ。
ここはハンバーガーをメインとした飲食店。ファストフード店よりも値段は張るけれど、その分味の保証は出来るし、何よりもそのおかげで中高生の利用者数もグッと減るだろう。
「姫川さんが良ければ、ここで食べませんか?」
「はい、ここがいいです!」
もしも断られても――なんて考える隙を姫川さんは与えてもくれなかった。
店内に入ると、中は思ったよりも広かった。
テーブルの数もその分多く、お昼の時間帯であっても客入りは七割と言ったところだろうか。
俺と姫川さんと入れ替わるように、四角い保温機能が付いているであろうリュックを背負った人が出て行った。
表の看板にも書いてあった、テイクアウトやデリバリーを選ぶ人も多いのだろう。
そのお陰で、席が空くのを待つ必要が無くなるのだから、便利な世の中に感謝しなくてはいけない、なんてしみじみと考えていた。
予想に違わず、俺と姫川さんに気が付いたウェイトレスの女性が「お好きな席へどうぞ」と声をかけてくれる。
幸いなことに空いている一番奥角のテーブルを見つけ、姫川さんに確認をしてからそこへ向かった。
テーブルの側へ着き、ソファ側の席を譲ろうとしたところで、俺は気が付いた――ここまでずっと、姫川さんの右手を握ったままだったということに。
「――す、すいません! 俺、ずっと!」
この手を取った時、俺はとにかくなんとかしようと必死で、今の今まで違和感を感じることが出来なかった。
俺は謝ると同時に、姫川さんの手をすぐに解放する。
「あ・・・・・・えっと、気にしないでください」
落ち着いた様子の姫川さん。
ありがたいことに、気を悪くしたりはしていないようだ。
ただ、気まずさは感じているようで、お互いに動けないでいた。
どうしてもっと早く気付けなかったのか、姫川さんもきっと言いづらかったんだろう。そう考えると、益々羞恥心を煽られる。
同時に、今すぐ叫びたくなるような衝動が湧き上がってきた。そして小さく深いため息をひとつ。
そんな、いたたまれない気持ちで後ろを振り返ったのは、本当にたまたまだった。
――百点満点と言える営業スマイルをした、さっきのウェイトレスさんが立っていた。
その存在に気が付いたのは、俺だけではなかったらしい。
俺と姫川さんは二人同時にお互いの顔を見合う。
「「・・・・・・座りましょうか」」
さっきまでの気まずさが嘘のように、苦笑いまで揃って席に着いたのだった。
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