第23話『店員さん』と『常連さん』はじめてのお出かけ。④
約百分程の上映時間が終わり、シアター内の照明が点灯する。そうして、ようやく映画を見終えたという実感が湧く。
周囲の人が次々に席を立ち退出しようとする中、俺と
すぐに出るべきか悩んで姫川さんを見ると、ちょうど目が合った。
ずっと隣にいたとはいえ、俺は一時間以上振りに見る彼女の顔に照れくささを覚えてしまい、すでに何も映していないスクリーンへ顔を戻してしまった。
ふと視界の端に映ったシアタールームを退出しようとする人達は、ほとんどが出られていなかった。
今席を立っても、ただ待つだけになりそうだ。それに、わざわざ人の多いところへ行くこともないだろう。
俺は、改めて姫川さんの方へ向く。
「まだまだ出口混んでますし、人が減るまで座ってましょうか」
俺が話しかけると同時に、姫川さんが人混みの方へ視線を向ける。
そして少しだけ目を伏せ、すぐに「はい」と笑顔で答えてくれた。
それからすぐ、姫川さんが「あの」と続け、俺が「はい?」と聞き返すと、
「
お礼と一緒に、眩しいくらいの笑顔を見せてくれた。
*
ゆっくりとシアター内を出たこともあり、建物の外へ出た頃にはすっかりお昼になっていた。
そうなると、人通りは朝よりも段違いで多くなっている。
屋外に出た途端、俺のジャケットに軽く引っ張られるような感覚があった。
すぐに姫川さんの様子を見ると、顔色はそれほど悪くはないように思える。
きっと、大丈夫か聞いても『大丈夫』としか返ってこないだろう。映画を観る前もそうだったのだから、容易に想像が付く。
何かあったら言って欲しいとは伝えてあるし、これ以上心配の言葉をかけても逆に気負わせてしまうように思える。それなら、今は聞かない方向にしよう。
「お腹、空きました?」
「・・・・・・あ、えっと、そうですね。・・・・・・空いて、ます」
ほんの少し前にチュロスとポップコーンを食べたとはいえどちらも少量だったし、普通に食べられるくらいの空腹具合になってくれたようだ。
それに、この状況で食欲があるというのは体調的にも良いことのように思う。
姫川さんとは事前に昼食を取ろうという話にはなっていたが、具体的にどこで何を食べるかまでは決めていなかった。
いろいろ話してはみたものの、俺は引っ越して来たばかりでこの辺りの土地勘が無く、同じくらい姫川さんもこの辺りの土地勘が無かった。
結局、その時にその場で決めてしまおうとなったのだ。
「姫川さんは何か食べたいものはあります?」
「まだ思いつかなくて・・・・・・」
「俺も思いつかないんで、歩きながら考えましょうか。目に入ったところに決めてもいいですし」
「はい」
方針を決めた俺と姫川さんは、ゆっくりとその場から歩きはじめた。
飲食店などが並ぶ通りを歩いていると、たまに同年代に見える人とすれ違ったりもしたが、姫川さんは少し俺にひっつくように近づくくらいで済んでいた。
そんな中、姫川さんが急に足を止めた。
どうしたのかと心配になりつつ振り返ると、彼女は珍しい物を見つけたようにキラキラとした目になっていた。
そして突然、
「日乃さん!」
嬉々とした声音で名前を呼ばれ、俺は「は、はいっ?」と頓狂な返事をしてしまう。
「ここ、『ばえ』? のために飲む、『タピる』で有名なお店ですよね!」
色々とツッコみたくなる気持ちを抑えつつ、姫川さんの視線を辿る。
そこは、テイクアウトのみのタピオカドリンク専門店だった。
姫川さんの言い方からすると、実際に飲んだことがないのだろう。俺も数回付き合いで飲んだくらいだ。
世間的なタピオカブームは一昔前に収まっているものの、このお店は結構有名なチェーン店だ。多くのタピオカ店が閉店していると言われる中で残っているということは、やはり別格なのだろう。
ふと、以前聞かされた愚痴のようなものを思い出した。
曰く、「昔はクレープ屋さんにあるのも珍しいくらいで、探すのも大変だったのに、流行ってるからってSNSのためだけにタピオカ好きアピールする人、ほんとイヤ!」などと力説されたのだった。
「間違ってはないと思いますけど、ちょっと古いかもですね」
俺が苦笑しつつ答えると、「そうなんですか・・・・・・」と姫川さんが残念そうな表情をする。
「あー! でも、美味しさは変わらないと思いますし、飲んでみます?」
慌ててフォローすると、姫川さんはあっさりと首を横に振った。
「いえ、止めておきます。飲み物でお腹いっぱいになっちゃうのは勿体ない気がしちゃうので」
「・・・・・・それもそうですね」
姫川さん的には面白いものを見つけたくらいの感覚だったのだろう。
あまり気にしていないみたいで助かった。
再び昼食を考えて散策すると、ファストフード店が見えてきた。
もちろん姫川さんにもそれは見えている。
「わたし、お店のハンバーガーってあんまり食べたことないです」
そう言われると、たしかに姫川さんとジャンクフードってあまりイメージが結びつかないかもしれない。
「姫川さんなら買いに行くよりも、作っちゃった方が早くて美味しそうですしね」
途端に、姫川さんが俺から顔を背けてしまった。
「・・・・・・ありがとうございます」
かろうじてお礼が聞こえてきたものの、一体どうしたのかはわからなかった。
そんな会話をしている間に、見えていたファストフード店の前に着いた。
さっきの反応を見てもハンバーガーの選択肢は悪くないように思えたものの、それ以上に問題もあった。それは――客層だ。
ファストフードは学生御用達と言って過言ではないだろう。実際、俺も以前住んでいた地域でも頻繁に利用していた。
この店舗も例に漏れず、多くの学生が出入りしている。
そんな光景を前に、姫川さんが完全に俺の背中へ隠れてしまう。さすがにこれでは無理だろう。
俺は何も言わず、姫川さんを連れてその場を通り過ぎていった。
それなりに店との距離が空いたことで、ようやく姫川さんも落ち着いたようだ。
ただ、その表情は暗い。体調の悪さからではなく、悔しそうな、自分を責めているように見える。
そして、それはすぐに言葉に表れた。
「・・・・・・ごめんなさい」
「謝らないでください。俺も不注意でした」
「でも・・・・・・」
俺の言葉では納得出来ない様子。
このまま何かを言っても、姫川さんの心はきっと晴れないだろう。
どうにかして姫川さんの希望を叶えられないかと頭を捻る。
――ふと、昨晩の
あれは一体、どこだっただろうか。寝ぼけ半分に見ていた情報を必死に思い出そうとするも、なかなか出てこない。
しかし、文明の利器は寝ぼけたりすることは一切ない。俺は急いでスマホを取り出し、操作する。
「姫川さん、こっちです」
俺は、姫川さんの手をそっと取って歩き出す。
突然の行動に、姫川さんは「・・・・・・へ?」と困惑した様子だった。
それでも、俺の手を強く握り返してくれる。
そんな姫川さんの信頼に応えようと、俺もしっかりと握り返した――。
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