第30話 初めてのクラスメイト

 迎えた月曜日、俺は遅刻することなく登校し、朝のホームルームを迎えていた。

 先週の金曜日には慣れ始めていた新しい学校生活も、二日間が空いただけで少し落ち着かなかった。


 ホームルームが終わり、一限の移動教室の準備をしようとする俺の手を樋口ひぐち先生の声が止めさせた。


日乃ひの君、ちょっといい~?」


 新学期が始まってまだ一週間とはいえ、こう何度も呼び出されると悪目立ちしているように思う。

 実際、「またか」という視線がいくつも俺に刺さっていた。俺が一番言いたいくらいだ。


「なんですか?」


 樋口先生の下へ行き、要件を尋ねた。


姫川ひめかわさんのこと、知ってる?」


 質問を質問で返され、俺は首を傾げる。

 先生の言う「知ってる?」が姫川さん自体という意味でないことはわかるものの、意図が読めなかった。


「なんの話ですか?」

「知らないなら教えとこうと思って。今日、姫川さんお休みだから――」

「え?」


 『お休み』というワードが聞こえた瞬間、俺は先生の言葉を遮るように聞き返していた。


「落ち着いて。ちょっと熱が出ちゃったみたいだから、大事を取って休んだだけ」


 先生は少し呆れたように笑い、俺に事情を説明してくれた。


「そう……ですか」

「だから、保健室に行っても会えないよって伝えたかったの」

「……ありがとうございます」


 何とか会話は成立しているものの、あまり話が頭に入ってきていなかった。

 なにしろその原因に思い当たる節があり過ぎる。だからこそ、俺はその責任を感じずにはいられなかった。



   *



 気付いた時には、午前の授業が終わっていた。

 クラスメイト達が席を立ち、机の上に弁当などの昼食を取り出しているところが目に入って、ようやくそれを認識する。

 俺はいつもの癖でバッグを持って席を立ちかけ、すぐにその必要がないことを思い出す。


「そっか、保健室行かなくていいのか」


 そう小さく口にし、座り直した。

 姫川さんがいないのだから、昼食の約束も当然無しになる。

 しかし、次の瞬間には違う悩みが生じた。それは昼食を食べる場所だ。

 先週はずっと生徒指導室で食べていたため、俺は他の場所で昼食を取ったことがない。さすがに俺一人では生徒指導室は借りられないだろう。

 なら教室で自分の机を使えばいいはずなのだが、そうなると一つ問題があった。

 俺が机を使ってこなかった間、ずっと人に貸してきていた。きっと今日も使いたいだろう。

 べつに俺の机なのだから自分優先でおかしいことは全くないとは思うものの、今まで使えてたものが急に使えないというのは困るだろうなぁと考えてしまう。


 どうしようかと考えつつ、いつも机を貸している女子が座る隣の席に目をやる。

 すると、普段は昼休みになるとすぐに来ていた女子の友達の姿が今日は見当たらなかった。

 たまたま遅くなっているだけかもしれない。それでも、一応確認してみることにした。


「あの、今日もここ使う?」

「あ~、実はゆっこ――あ、友達がね、今日は部活の用事があるからってことで一緒に食べないんだよね。だから今日は机貸してくれなくて大丈夫、ありがとう」

「そっか」


 なんとタイミングの良いことか。

 この女子には申し訳ないが、ゆっこと呼ばれる友達には感謝しなくてはいけない。

 しかし、意外なことにここで会話は終わらなかった。


「日乃くん、今日は教室で食べるの?」

「え? ああ、そうしようかなって」

「いつもどこか行ってるけど、誰かと約束?」


 どう答えようか一瞬悩んだが、正直に答えることにした。


「そうなんだけど、今日は相手が休んでて」

「そうだったんだ」


 事情を聞いた女子は、興味深そうに肯く。

 そして、


「ねぇ、よかったら一緒に食べない?」


 そんな突然の提案をしてきた。

 もちろん俺は驚いたが、せっかくクラスメイトと接点が出来る機会だし考えてその誘いを受けようと思った。


 相手が机を寄せてきたので、俺もそれに合わせて少し机を動かす。

 そしてお互いに昼食を机の上に出し終えると、女子が「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。

 俺もそれに倣い、「いただきます」と口にしてから昼食に手をつける。


 食べ始めてすぐ、女子の方からしゃべりはじめた。


「あ! あたし、上矢好心かみや このみ。ちゃんと話すの初めてだから自己紹介しておこうと思って」

「あ、日乃桐真です」


 相手の名前がうろ覚えだったので、俺にはこの自己紹介がとてもありがたかった。


「あははっ、カタいよ~!」

「なんか慣れなくてさ。よろしく、上矢」

「好心って呼んでもいいよ?」

「いきなり?」

「あ、このみんとかの方が良かった?」

「それはさすがに……」

「冗談、冗談! よろしくね、日乃くん」


 結構茶目っ気のある人らしい。


 これが、姫川さん以外のクラスメイトと初めて過ごす昼休みになった。

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