第15話『店員さん』と『常連さん』は打ち明ける。

 学校を後にした俺と姫川ひめかわさんは、約束通りに『クローバー』へやって来た。

 昨日と同じように歩いて来たものの、かかった時間は昨日よりもずっと早くなっていた。

 いつもの窓際の席に着いてすぐ、俺は樋口ひぐち先生から預かったクリアファイルを姫川さんに差し出す。


「これ、今日の分です」

「今日も持ってきてもらっちゃって、ごめんなさい……」

「元々約束もあったんですし、気にしなくて大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 口元を綻ばせる姫川さんを見て、俺は昼休みのことを思い出していた。

 目の前で笑顔を見せている彼女が、同年代の人とほとんど話せないというのが俺の中でどうしても合致しない。

 それでも姫川さんが保健室に通っているのは事実で、つまり聞いた話もそういうことになる。


「――日乃ひのさん……?」

「……え? あ、どうかしました?」

「それは、わたしが日乃さんに聞こうと思ってたんですよ?」


 少しボケッとしてしまった。

 姫川さんは少し唇を尖らせて拗ねているように見える。


「いや、えっとー……」


 どうするべきか、俺は迷っていた。

 樋口先生から姫川さんの事情を聞いたことを本人にちゃんと伝えるべきか、それとも隠すべきなのかを。

 昼休みの時は、聞いた話を飲み込むので精一杯でそこを気にする余裕が無かった。

 頭に浮かんだ時にはもう姫川さんと歩いていて、どうしようもなかった。

 それなら今は適当に誤魔化すのがいいのだろうか。――しかし、そうしたくないと思う自分もいる。

 誤魔化すのは、どこか卑怯な気がしたから。


「……実は、昼休みに樋口先生から姫川さんの話を聞きました」


 俺は姫川さんの目を真っ直ぐ見て、正直に話した。


「その、勝手に聞いてしまって、すみま――――」

「謝らないでください」


 初めから俺が謝ることを予見していたのか、姫川さんの声で制止される。


「五限目に、樋口先生がわたしのところに来たんです。そこで、日乃さんに少し説明したって聞きました」


 あの後、樋口先生は事後承諾を取りに行っていたらしい。

 それよりも、俺には姫川さんの落ち着きの方が驚きだった。


「……怒らないんですか?」

「怒りません。先生はわたしのために考えてくれて、日乃さんもわたしのために謝ろうとしてくれたんですよね? それなら、わたしに怒る理由なんてないです」


 あまりにも器の大きい返答に、開いた口が塞がらない。

 俺の呆けた顔に、姫川さんはクスクスと笑う。


「とにかく、日乃さんも気にしないでください」

「……はい」


 当の本人にそう言われてしまっては、受け入れるしかない。


 お互いに飲み物を口にして落ち着き、改めて俺から話し始めた。


「一つ、聞いてもいいですか?」

「はい」

「その、同年代の人と話すのが苦手っていう話でしたよね」

「……そうです」

「どうして、俺は大丈夫だったんですか?」


 そこが一番の謎だった。

 逆に、そこさえわかれば姫川さんの今後は劇的にかわるかもしれない。

 姫川さんは顎に手を添えて、考える素振りを見せる。


「――店員さんだから……?」


 と、首を傾げながら答えた。

 どうやら本人にもハッキリしていないらしい。聞かされた俺は尚更わからない。


「えっと……?」

「なんというか、保健室で日乃さんを見たときは制服とか学校の中ってことよりも『店員さんだ』って印象に引っ張られてしまったというか……」


 彼女の言い分は、とりあえずではあったけれど理解出来た。

 この際理由はどうあれ、俺は姫川さんにとって問題無く話せる相手であるとハッキリした。

 そこが俺の決めたことには大事なことだった。


「先生から、姫川さんは『変わりたい』って言ってるのを聞きました」

「い、言いました」


 他人から改めて言われるのが恥ずかしかったのか、姫川さんは顔を赤くして俯いた。


「余計なお世話かもしれないですけど、俺に力になれることなら何でも言ってください」


 俺の決意に、姫川さんがゆっくりと顔を上げる。

 その目を丸くし、パチパチと瞬きを数回。


「い、いいんですか?」

「嫌なことを言い出したりしません」

「そ、それなら、お願いがあって……」


 さっそく頼ってもらえるのは、俺としても嬉しい。

 どんな『お願い』が来るのか少し緊張しつつ、俺は「はい」と答えた。

 すると、彼女は「えっと……」と言いながら目線をテーブルと俺の顔で行き来する。

 前にもこんなことがあったなと思い返していると、ようやく決意したのか、姫川さんが大きく息を吸った。


「明日、わたしと一緒にお昼ご飯を食べませんか!」


 口から「そんなことでいいんですか?」と出そうになるを抑えた。

 ――俺の役割はもうわかっている。

 俺にとっての「そんなこと」を、彼女にとってもそうしてあげること。


「いいですよ」

「ほんとですか……?」

「もちろん」


 不安そうな姫川さんに笑顔で応えると、彼女の表情がパッと明るくなる。


「約束ですよ!」


 これ以上ないくらい喜ぶ彼女と、俺はまた約束を交わすのだった。

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