第16話『店員さん』と『常連さん』は、場所を確保する。
翌朝、ホームルームを終えて教室から出ようとする
「先生」
「ん? どうかしたの? あ、もしかして昨日の放課後何かあった!?」
後半は小声になりつつ、声色で何か過度な期待をしているのがわかった。
まあ、何も無かったかと聞かれたら微妙なのでそこは触れないことにした。
「実は今日の昼休み、一緒に食べようって話になったんです」
「へー! いいじゃない!」
どうしてこんな報告をしているのかというと、一緒に食べるとは決めたものの、場所をどこにするかが決まらなかったからだ。
俺に決まった場所はなく、
結果、俺が思いついたのは一カ所だけだった。
「――ということで、昨日の場所を借りられませんか?」
まだ校内に詳しくない俺では、人目を気にせず食べられる場所なんて見当も付かない。
生徒のお願いで簡単に借りられると思ってはいないが、俺にはこれ以外の手が無かった。
心臓を早くさせながら回答を待っていると、「ん、おっけー」とあっさりとしたものが出てきた。
まさか今すぐに許可が出ると思っていなかった俺は思わず「え?」と聞き返してしまう。
「いいんですか?」
「緊急で使うってこともほとんど無いし、たぶん大丈夫じゃないかな。まあ、その時は別の部屋を借りられるようにしてあげるけど」
あまりの好待遇に拍子抜けしてしまった。
まあ、姫川さんの事情があるからこそなのだろうけど。
何はともあれ、こうして場所を確保することが出来た。昼休みになったら職員室へ樋口先生を訪ねに行けばいいとのこと。
目先の問題が片づいたことで、俺は午前の授業に専念することが出来たのだった。
*
四限目の終わりを告げるチャイムと共に、ようやく昼休みの時間がやってくる。
昨日と同じようにクラスメイトの女子に席を貸して、俺は教室を後にする。
「お、来たね」
職員室へ尋ねると、樋口先生が待ち構えていた。
「どうでしたか?」
俺が尋ねると、先生は待ってましたと言わんばかりに「じゃーん」と鍵を摘まんでカチャカチャと音を立てた。
そのまま、俺の手に渡される。
「ありがとうございます」
「食べ終わったら、昨日と同じように返しに来てね」
「わかりました」
会釈して出ようとする俺を、先生が「
「はい?」
「密室に二人きりだからって、変なことしちゃダメだからね?」
「自分の生徒のことなんだと思ってるんですか……」
俺のうんざりした反応がお気に召したのか、樋口先生は笑いを堪えるのに忙しそうだ。放って置いて職員室から出ることにした。
*
「失礼します」
俺が保健室へ入ると、中には
「あ、日乃さん」
今日も姫川さんは入り口に向かって座っていた。
もしかしたら、最初の日がたまたま背を向けていただけなのかもしれない。
俺はさっそく、交渉の結果を見せる。
「鍵、借りられました」
「よかったぁ」
朝に樋口先生と話をしてから、保健室へ行くタイミングが無く、姫川さんとは昨日話をしたきりだった。
ずっと気にしていたのか、とてもホッとしているようだ。
「良かったわね。彼女、朝からずっとソワソワしてたんだから」
「せ、先生!?」
まるで裏切られたような反応をする姫川さん。
葉山先生の方にそういうつもりは無さそうなのがまた酷い。
それにしても、そんなに楽しみにしていたのか。
ソワソワとしてる姫川さんを想像して、クスッと笑ってしまう。
「あ! 笑うなんて酷いです!」
「いや、可愛らしいなと思って」
怒る姫川さんを笑いつつ宥める。
すると、姫川さんは拗ねたようにそっぽを向いてしまう。
「絶対にからかってます……」
「そういうつもりじゃなかったんですけど……許してください」
「……それじゃあ、明日も一緒に食べてくれますか?」
まだ今日の約束も果たしてないのに、さっそく明日の約束を持ち出してくるとは。
気が早いなと笑いそうになるのを、俺はグッと堪えるように咳払いをする。
「俺でよければいつでも」
「……じゃあ、許してあげます」
姫川さんは満足そうに肯く。
「あなた達、ずっとそうなの……?」
葉山先生が呆れたようなジト目を俺たちに向けている。
「「はい?」」
質問がよくわからず、姫川さんと声が揃う。
すると、葉山先生は何かに打たれたかのような勢いでデスクに突っ伏した。
「若さって凶器なのね。私もまだイケるって思ってたけど、思い上がりもいいところだったわ……」
「せ、先生……?」
突っ伏したまま何か呪文のように唱えている葉山先生を、姫川さんが心配そうに声をかける。
しかし、その声は届いていないようだ。
「……よくわからないですけど、そっとしておきましょう」
なんだか触れてはならないような気がした俺は、姫川さんの肩に触れて制止した。
「そ、そうですね」
俺と同じものを感じ取ったのか、姫川さんは先生から離れる。
「行きましょうか」
「はい」
俺の提案に姫川さんが肯き、二人でそっと保健室の戸を閉めたのだった。
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