第17話『常連さん』は『店員さん』に食べて欲しい。

 生徒指導室の鍵を開けて中へ入ると、姫川ひめかわさんはどこかワクワクとした様子で室内を見回していた。絵が飾られているわけでも、花瓶に花が生けられているわけでもないこの部屋に見所なんてないと思うけど・・・・・・

 一通り見終えて気が済んだらしい姫川さんが、笑顔で振り返った。


「使わせてもらえて良かったですね」

樋口ひぐち先生が言うにはそんなに使うこともないみたいですよ」

「頻繁に使うような学校だったら、困っちゃいますけど」


 俺がたしかに、と共感して笑い合う。


 何となく俺が昨日と同じ席を選んで座ると、姫川さんはその隣を選んだ。

 すると、姫川さんが「あの」と不安げな声を出した。


「こういう時はすぐにお弁当を広げてもいいんですか? それとも、もう少しお話をしてからがいいんでしょうか・・・・・・?」


 どうやら決まり事というか、マナーのようなものがないのかを気にしていたらしい。

 社会人になったら上司や先輩に気を遣ったりで考えないといけないことがあるかもしれないが、俺たちは学生で尚且つ同級生という間柄には必要ないはずだ。


「決まりなんて無いですよ。食べたいときに食べて、話したいときに話す。それでいいんです」

「小学校の頃と変わらないんですね」


 ――小学校の頃。そのワードが俺の頭に残った。

 その頃はまだ友達と一緒に昼食をとる機会はあったのだろう。

 本当に今まで一緒に過ごせる人がいなかったのだと理解できてしまった。

 その悲しさを隠すように、俺は姫川さんに笑顔を見せる。


「せっかくの昼休みですし、気楽に過ごせばいいんですよ」

「はい、そうします」


 笑顔を返してくれた姫川さんは、バッグから弁当箱を取り出した。

 それに合わせ、俺もコンビニで買ってきたものを袋から出す。

 はじめにメロンパンの包装を開け、一口食べようとすると、視線を感じる。

 メロンパンを口から遠ざけてそっちを見ると、姫川さんがパチパチと瞬きをしながら俺を見ていた。


「どうかしました・・・・・・?」

日乃ひのさん、お昼ごはんはそれだけなんですか?」

「え? いや、一応クリームパンもありますよ」

「そうではなくて、野菜とかお肉とか、そういうものは?」

「ないですね」

「あの・・・・・・もしかして、いつも甘いパンだけだったり・・・・・・?」

「・・・・・・た、たまにはサンドイッチとかも食べますよ?」


 どこか訝しげな姫川さんの目が痛い・・・・・・

 俺は前から学校での昼食は菓子パンがメインで、苦し紛れに言ったサンドイッチなんかは、二週間に一回あるかないかの頻度だ。


「一人暮らしって言ってましたけど、もしかして三食とも・・・・・・」


 昨日、『クローバー』で話をしている中で俺が今一人暮らしをしていることは姫川さんに話していた。

 その時は「凄いですね」と彼女も尊敬の眼差しを向けてくれていたのだが、今ではその様子がすっかり無くなっている。


「さ、さすがにそんなことないですよ。ちゃんとしたものも食べてます・・・・・・よ」

「日乃さん、目が泳いでます」


 たまに伯父さんのところで夕飯を一緒に食べることはあるけれど、それ以外は自身を持って言えるほど、しっかりとした食生活をしているとは言えなかった。


 姫川さんのジト目に俺が冷や汗をかいていると、やがて彼女は諦めたように目を伏せてため息を吐いた。すると、自身の目の前に置いた弁当箱を開く。

 開かれたそれに、俺は目を奪われた。卵焼きや唐揚げ、ミニトマトなどの彩りが綺麗な、これぞお弁当と言える魅力的な見た目。菓子パン好きの俺でも、食欲をそそられる。

 姫川さんはケースから箸を取り出し、唐揚げを一つ摘まんだ。

 そして、左手を受け皿に――


「どうぞ」


 俺の前に、唐揚げが差し出された。

 手を出せと言うわけでもなく、俺の口元に運ぼうとしている。

 もしかして、口を開けろってことか・・・・・・?

 しかし、誰も見てないとはいえ、食べさせて貰うという時点でとても恥ずかしい。

 簡単にいただきますとは言えなかった。


「あ、もしかして、唐揚げ苦手でしたか・・・・・・?」

「いや、そんなことないです。むしろ大好物です」


 目の前でシュンとした表情をされてしまったら、さすがに断れない。

 それに、唐揚げが大好物なのは本当だ。


「よかった。それじゃあ、どうぞ」


 もう一度口元へ運ばれる唐揚げを見て、俺は覚悟を決めた。


「い、いただきます」


 小ぶりな唐揚げだったため、一口で食べるのに支障は無かった。


「どうですか・・・・・・?」

「・・・・・・美味しい」


 食べさせて貰ったという恥ずかしさがどこかへ飛んでいくほどの美味しさに衝撃を受けた。

 鳥肉は硬くなくジューシーで、味付けもしっかりとされているためか冷めていても美味しい。

 料理をほとんどしない俺でも、というより料理をせずに冷凍食品ばかりの俺だからこそわかる。これは手作りに違いないと。


「口に合ったなら良かったです」


 姫川さんがホッとしたように胸に手を当てていた。


「これ、姫川さんが?」

「はい。お弁当は自分で用意しているので」


 自分には到底無理なことをしている姫川さんを素直に尊敬する。

 手作り弁当のおかずなんて、いつぶりだろう。

 高校に入ってからは母親の朝の負担を減らすために学食や購買を利用していので、中学の頃ぶりだ。


「日乃さん?」


 黙ったまま思い返していたため、姫川さんが心配そうにこっちを見ていた。


「ああ、すいません。最後に手作りの弁当を食べたのはいつだったかなーって思い出してて」

「そうなんですか・・・・・・」


 姫川さんはジッと弁当を見つめだした。

 そして、何かを決めたように一人肯く。


「わかりました。それなら、明日は日乃さんの分も作ってきます」

「・・・・・・え!?」


 あまりにも予想外な展開に、反応が遅れてしまった。


「いやいや、わざわざ俺の分まで作ってもらうなんて申し訳ないですよ!」

「そんなことないですよ。一人分も二人分も大して変わらないですから。それに、今日も明日も一緒にお昼を食べてもらえるんですから、そのお礼がしたくて」

「お礼なんて――」

「ダメ、ですか・・・・・・?」


 姫川さんの上目遣いに、言葉が続かなかった。

 さすがにここまで言われて断るのは、逆に申し訳ない気がしてきた・・・・・・

 それに、さっき食べた唐揚げは本当に美味しかったし、きっと他の料理でも美味しいに違いない。その期待があった。


「・・・・・・それじゃあ、お願いしてもいいですか?」

「はい! 任せてください!」


 翌日の昼食が姫川さんの手作り弁当に、予想外な形で決まった。

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