第18話『店員さん』は『常連さん』の手作り弁当を食べる。

 翌日、今回も生徒指導室の鍵を借りることが出来た俺は、姫川ひめかわさんの待つ保健室へと向かった。

 昨日と同じように姫川さんと挨拶を交わしてから保健室を出ようとすると、葉山はやま先生の声に引き留められる。


日乃ひの君、お昼食べるのよね?」

「そうですけど」

「あなた、手ぶらだけど」


 厳密にはさっき自動販売機で買ったばかりのお茶は持っていたけれど、他には何も持っていない。


「そうですね」


 怪訝な目で見てくる葉山先生に対して、俺は平然と答えた。


 お互いに無言のまま、何かを言わんとしている。

 しかし、それを見かねた姫川さんが割って入った。


「あ、あの、日乃さんのお昼は私がちゃんと持ってますから、心配しないでください」

「姫川さん!?」

「え? どうかしました?」


 まさか背後から刺されるとは思ってもおらず、俺は膝から崩れそうになる。

 俺は絶対に口にしないようにしていたのだが、葉山先生の欲しがっていたであろう答えを姫川さんがあっさりと出してしまった。


「あらぁ、そうだったの? それなら早く行かないとダメね。一刻も早く。でしょ、日乃君?」

「ソウデスネ」


 わざとらしい反応をする葉山先生に、俺は引きつった笑顔で返す。


「それじゃあ先生、失礼します」


 葉山先生と俺のやりとりがよくわからなかった様子の姫川さんは、気にせず先生へ挨拶した。

 それに合わせ、俺も無愛想ではあったけれど、一応先生に挨拶する。


「・・・・・・失礼します」


 保健室を出ようとする俺の目に、葉山先生のニヤニヤとした表情が映ったことは言うまでもない。


   *


 生徒指導室に着いた俺と姫川さんは、昨日と同じように隣り合って座る。

 ただ昨日と違うのは、姫川さんのバッグからは弁当箱が二つ出てくることだ。

 ピンクとブルーの巾着に分けられた二つの弁当箱。ブルーの方が一回り大きいように見える。

 それを手に取った姫川さんが、両手で俺に差し出した。


「ど、どうぞ!」

「ありがとうございます」


 貴重品を預かるように、俺も両手でそっと受け取った。手にかかる重みが、俺の期待感を煽る。

 弁当箱をテーブルに置き、巾着から取り出す。


「開けても、いいですか?」

「はい、もちろんです」


 姫川さんから返答はすぐにきたものの、緊張しているのが伝わってきた。

 それもあってか、蓋を取る俺の手にも少し力が籠もっていた。


「――おぉ」


 中身が見えると同時に、声が漏れる。昨日と同様に色鮮やかな弁当だった。

 違う点は、今日のおかずは俺のリクエストが反映されているのだ。

 姫川さんの方から好きな弁当のおかずを聞かれ、思いついたのはミートボールだった。

 俺はさっそくミートボールを箸で摘まむ。


「いただきます」


 ゆっくりと口の中へと運び、咀嚼する。

 口の中でひき肉がほどけ、昨日の唐揚げとはまた違ったジューシーさが広がった。

 ケチャップだと思われたソースも何か手を加えられていたようで、さらにうま味を引き立てていた。

 細かい工夫や努力は、料理をほとんどやらない俺では推し量ることは出来ない。

 ただ、これだけは間違いなく言える。


「ものすごく美味しい――」


 心の底から漏れ出た感想だった。


「ほんとうですか・・・・・・?」


 姫川さんの声が耳に入り、俺は口に出ていたことを自覚した。


「今までで一番のミートボールです」


 これまで弁当に入っていたミートボールは冷凍食品ではあったけれど、それに文句は無かったし、十分に美味しかった。

 でも、今食べたこれこそがミートボールなのだと認識してしまったら、これまでの物に戻れないような気がする。


「そ、そんな、大袈裟です」


 姫川さんは顔を赤くしながら、手をぶんぶんと振っている。


「これだけ料理が出来たら、困らないんだろうなぁ」


 当たり前ではあるけれど、一人暮らしだと食事を全部自分で用意しなくてはいけない。俺は料理がほとんど出来ないので、基本的に冷凍食品かコンビニやスーパーのお惣菜だ。

 でも、料理の知識と腕があれば、食べたいものを作れるし、経済的にも楽なはずだ。


「へ!? わ、わたしはまだは考えていないので・・・・・・」

「そうなんですか? まあ、高校生のうちからって人の方が少ないですもんね」


 親元を離れるにしても高校生なら寮に入るのがほとんどだろうし、やっぱり大学生くらいからが普通か。

 そんなことを考えながらおかずをまた口に運ぶ。


「そ、卒業したてでも早いと思います!」


 突然、姫川さんが顔を真っ赤にして大声を上げた。


「す、すいません・・・・・・?」


 なぜ姫川さんが興奮気味に怒ったのか、俺はわからないまま昼休みを終えたのだった。

 

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