第19話『店員さん』と『常連さん』は、誘いたい。
金曜日。色々な想定外から始まった新学期も、ようやく一週間が終わろうとしていた。
俺のとしては、もうそんなに経ったのかといった感覚。こんなにも濃密な一週間は、生まれて初めてだ。
未だに学校のことも
そして今日も、俺は姫川さんと生徒指導室を借りての昼休みを迎えていた。
今日の俺の昼食は、コンビニで買ってきたものだ。
昨日、姫川さんには「明日も作りましょうか?」と聞かれたのだが、食費も労力もかかるのに連日お世話になるのは良くないと思い、遠慮させてもらった。
ただ、メニューのチョイスは姫川さんの影響で今までとは違ったものになっている。今日はおにぎり一つと、パスタサラダだ。
なんだか健康に気を使い始めた社会人のようなメニューになってしまったけれど、俺なりに姫川さんの心配を考慮した結果だった。
それらを机に並べた時、姫川さんが少し嬉しそうに笑っていたので間違いではなかったらしい。
昼食をとりはじめた俺と姫川さんは、「どんな本を読むか」について話をしていた。
姫川さんが『クローバー』で過ごす時に、よく本を読んでいたことを思い出して尋ねてみたのだ。
「えっと、小説も読みますけど、漫画も好きです」
「こう言ったら失礼かもですけど、意外でした。漫画も読むんですね」
俺はむしろ漫画ばっかりで、小説をあまり読まない。
ライトノベルは友人の勧めで読んでみたことがあるくらいだ。
「おかしい、ですか?」
「いやいや、そんなことないですよ。むしろ親近感が沸きました」
不安そうにする姫川さんに、俺は慌てて首を振った。
そこから話は進み、今度は好きな漫画の話に。
姫川さんはこれも意外なことに少年漫画が好きなようで、主に世界的にも人気な海賊漫画も載っている少年誌の系統を読むらしい。
俺もその少年誌は定期購読するほど好きだったこともあり、話がかなり盛り上がった。
そして、今注目して読んでいる作品の話になると――
「
今までで一番と言ってもいいほどのテンションが上がった姫川さんが、前のめりで俺へ迫った。
「えっと、そ、そうですね。好きです」
目前に迫った姫川さんの顔の近さと、そのテンションに面食らって、返事がたどたどしくなってしまった。
そんな俺を見て冷静になったのか、彼女は目を合わせた数秒後には羞恥で顔を染めていた。
「ご、ごめんなさい!」
すぐに離れてから手で顔を覆い、俺に背を向けるように座り直した。
「うぅ・・・・・・。今まで誰かとこんな話をしたことがなくって・・・・・・・」
「あの、気持ちはわかりますから、気にしなくていいですよ」
俺のフォローで少しはマシになったのか、姫川さんが座る向きを直してくれた。
しかし、目はまだ合わせようとはしてくれない。
こういう時はあれだ、好きなものの話をして空気を変えよう。
「そういえば、映画が今日からでしたよね」
なるべく自然に「自分は何も気にしていませんよ」と伝わってくれるように話しを振る。さっきまで話題になっていた漫画のアニメが映画になったものだ。
すると、姫川さんがチラッとこっちを見てくれる。
「そうですね、わたしもきになってはいるんですけど・・・・・・」
やはり我を失うほど好きな作品の話だけあって、しっかりと反応してくれた。
姫川さんの口振りから察するに、映画を観に行く予定はなかったようだ。
ただ、まだ何か言いたげに俺と目の前の弁当の間で反復横跳びしていた。
「その、えっと・・・・・・」
何となく、彼女が何を言おうとしているのか想像が出来た。
でも、それが自分の都合の良い妄想だったらと思うと、中々行動に移せない。
だから、まずは遠回しに確認してみることにした。
「俺、観たいとは思ってたんですけど、こっちで一緒に観に行くような知り合いもいなくて、一人なら止めておこうかなって思ってたんですよね」
「・・・・・・え、そうなんですか?」
「まあ、一人でも観たら満足は出来ると思うんですけど、やっぱり誰かと感想とかを共有出来た方がいいなって」
理由を口にしながら、俺は自身の心音がうるさくなっているのを耳で感じる。
それでもお構いなしに、言葉を続ける。
「だから、姫川さんがよかったら、一緒に観に行きませんか?」
俺の申し出に、姫川さんは呆然としていた。
そして、すぐに我を取り戻したように首を傾げた。
「いいんですか・・・・・・?」
「むしろ、お願いします」
「わたし、映画館に行くのなんて、小学生以来で・・・・・・」
「初めてでも全然良いくらいです」
どんな言葉が来ても、全部受け入れるつもりだった。
それが伝わったのかはわからないけれど、姫川さんはそれ以上は何も言わず、代わりに数回の深呼吸を行った。
――そして、ようやく俺と目を合わせた。
「それじゃあ・・・・・・、わたしと、映画館に行ってください!」
てっきり返事が来るのかと思っていたら、逆に誘われてしまった。
しかし、それでも構わなかった。気持ちは変わらないのだから。
「はい、もちろん」
こうして俺と姫川さん、初めての出かける約束が交わされたのだった。
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