第11話 日乃桐真は逃げられない。

 想定外な高校二年生の初日から一夜明け、もう二日目。

 昨日は帰ってから簡単に家事を済ませたら早々に眠ってしまった。思った以上に疲れていたみたいだ。

 目が覚めてから少し経った今も、身体が少し重い気がする。とはいえ、二日目から休みたいと思うほどじゃない。今日もしっかりと準備をしてから家を出た。


 昨日の朝と同じように自分のマンションの前にある横断歩道を渡る。ただし、今朝は昨日とは違って、渡りきった後に立ち止まった。

 視線の先には、周りと比べても特徴があるわけではないマンション。昨日、姫川ひめかわさんと最後に別れた場所であり、彼女が住む場所でもある。


 昨日の出来事が未だに現実味が薄い。

 それでも昨日のことは事実で、今日も約束がある。

 それを自分で再認識して、俺は学校へ向けて歩き出した。


   *


 道中でコンビニに寄った以外は何事もなく、俺は朝のチャイムが鳴る30分前には教室に着いた。

 二日目の今日も、転校生の俺に多少の視線は向けられるものの、チャイムが鳴るまでに話しかけられることはなかった。


 今日の時間割は六限までで、内容も教科担任の自己紹介や授業説明がメインで、本格的に授業が始まるのは来週からになるはずだ。まだ地に足が着いた感覚が無い俺にとってはありがたい。

 そんなふわふわした感覚なこともあってか、気が付けば四限目が終わり、昼休みを迎えた。

 清海せいかい高校には学食も購買もある。ただ、慣れないうちに利用する気が無かったのでコンビニで昼食を買っていた。

 そんな俺は、一緒に食べる人もいなければ、食べる場所も決まっていない。

 四限が終わってすぐの時は誰かに声をかけてみようかと考えはしてみたものの、周りはすでに約束をしているのかすぐに移動を始めたり、迷うことなく自分の席で昼食を広げて食べ始めたりする生徒もいた。

 すでに約束をしている人の仲に入るのはもちろん気が進まないし、かといって一人で食べている人も好んで一人なのかもしれない。

 そんな風に考えているうちに、話しかけようかという発想はすぐに霧散していった。


 大人しく自分の席で食べようと、バックから昼食の入ったビニール袋を取り出す。

 すると、隣の席で話す女子二人の会話が聞こえてきた。どうやら、この二人は一緒に食べるらしい。

 しかし、周りの席は埋まっていて借りられる席が無い。諦めて、離れた自身の席から椅子を持ってくることにするようだ。

 会話が聞こえていた俺は少し考えて、「まあ、いいか」と結論を出す。

 それは「どうでも」ではなく――、


「この席、使っていいよ」


 昼食を持って席を立ち、女子二人に声をかけた。


「え、いいの?」


 意表を突かれた女子が驚いていた。

 俺が自分の席で食べると思っていたのだろう。実際、直前までそう考えていたのだから間違ってない。

 ただ、気分転換に校内を歩いて食べる場所を見つけてもいいかなという気になったのだ。


「俺は別のところで食べるつもりだから」

「えっと……日乃ひのくん……だったよね? ありがとう」


 てっきり誰も自分に興味が無いのだと思っていたクラスメイトから名前が出てきて少し驚いた。

 それを表面に出さないように受け答え、俺は教室を後にした。


   *


 あてもなく廊下を歩いて気が付いたのは、他クラスの生徒からの視線が無いことだった。

 皆、知らないからか、他のクラスに興味が無いからかはわからないけれど、教室にいるよりは気が楽だった。

 教室から出る選択をして正解だったかもしれない。

 そんな風に前向きな気持ちを抱きだした矢先、「あ! 日乃君!」と穏やかな昼休みを乱しそうな声が背後から聞こえてきた。

 出来れば気付かないフリをしたいけれど、それをするのは悪手だろう。小さく嘆息した俺は、なるべく愛想良く振り返る。

 そこには、昨日仕事を押しつけてきた担任の樋口ひぐち先生が立っていた。


「教室にいないから探したよ」

「えっと……すみません?」


 べつに先生から昼休みに教室にいるよう指示された覚えはない。

 それでも謝罪を口にしたのは反射的にだった。


「そんなことより、日乃君はこの後の予定は?」

「普通に昼食ですけど……」


 昨日と同じ予感がする……。


「良かった! ちょっと話したいことがあるから、一緒に来てくれない?」


 どの辺りが「良かった」なのか。

 教師から話したいことがあると言われて、良いことがあると思えるわけもない。是非とも丁重にお断りしたい。

 もちろん、そんなこと出来るわけもなく……。


「……わかりました」


 俺は嫌な顔一つ(表面上は)せず、先生の後に付いていくのだった。

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