第12話 日乃桐真は選択する。
一体、どこへ連れて行かれるのだろう。
当然の疑問を抱いたまま、俺は何も言わずに
そして、ようやく先生が足を止めた。
「ここだから、ちょっと待ってね」
そう言って取り出した鍵を使って、扉を開こうとする。
扉の上には『生徒指導室』の文字が重苦しく掲げられていた。
悪い予感も外れることがあるらしい、これは最悪だった……。
言い方は悪いけれど、
転校二日目にして早速やらかしてしまったのかと思い返しても、当然何も無い。
心当たりが全く無いのだから、これからのことが何も予想が付かず怖くなる。
「はい、どうぞ」
俺にとっては地獄の門になるかもしれない扉が開く。
息を呑んで中へ入ると、広さは教室よりも狭い。無機質な長机とパイプ椅子が並べられていて、カーテンが閉じていることも相まって部屋の名前に負けない重苦しい雰囲気を醸し出していた。
扉が閉まり、緊張感が一気に増す。
学校の中、今は昼休みなことにも関わらずやけに静かで、とても居心地が悪い。
外で普通に歩いている時にパトカーが通って妙に背筋が伸びる感覚に近い。何もしていないのに、ありもしない罪悪感が沸いてくるような気がしてくる。
「どこでもいいんだけど、とりあえず座ってもらえる?」
部屋の電気を点けた樋口先生に促され、俺は真ん中の席を選んだ。
先生は俺の正面の席に腰を下ろす。そして、「さて」と改めて話を始める体勢になった。
俺はさらに増した緊張感に顔を強張らせる。
――しかし、樋口先生はそんな俺を見て、訝しげな顔をする。
そして、すぐに合点がいったような反応をした。
「あ、お昼食べながらでいいからね」
「……え?」
「そんなに長話するつもりはないんだけど、昼休みの時間も限られているし、お腹空いたでしょ?」
俺の気構えに対して、あまりにも真逆なトーンで話す先生に頭が追いつかない。
ただ、食べて良いと言われたし、時間が有限なことも空腹なことも事実なので、お言葉に甘えて昼食を机の上に広げた。
「先生は食べなくて平気なんですか?」
「あー、私は四限が空いていたから早めに食べちゃったの。だから遠慮しなくて大丈夫」
「……それじゃあ、いただきます」
俺が食べ始めたのを合図に、ようやく樋口先生からの要件が語られ始めた。
「まずは昨日、
「いえ、届けただけですし……」
「いやいや、本当に助かったんだから」
正直に言えば『押しつけられた』と思っていたけれど、お礼を言われて悪い気はしない。いつまでも根に持つのも良くないと、水に流すことにした。
「えっとね……それで、姫川さんの様子……どうだった?」
……なるほど、それが本題か。
出されて見れば、それしかにというくらい当たり前の要件だった。
担任なのだから、姫川さんの事情は俺以上に詳しくて当然だ。
「何事も無かったですよ? 途中で
「そこじゃなくて!」
「え?」
「放課後、二人でどこか行ったんでしょ? そこでのことを聞きたいの!」
俺はわざと保健室のことだけを話したのだが、全部伝わっているらしい。
誰が話したのかも、そうした理由もわかるので不満は無かった。
「……近所にある喫茶店で少し話をしただけですよ」
「少しって、どのくらい?」
「ハッキリとは覚えてないですけど、四、五十分ってところです」
「ほんとに!?」
樋口先生が大声で迫ってきた。俺は怯みつつ、「だ、大体ですよ?」と口にする。
そんな俺を見た先生は冷静になったようで「ご、ごめんね」と座り直した。
「でもね、十分……ううん、五分でも姫川さんと面と向かって話せただけでも凄いことなの」
「さすがにそれは大袈裟じゃ……」
たしかに姫川さんは会話に慣れていないような印象はあった。本人も「話を出来る人がいなかった」と言っていた。
でも、樋口先生の言い方だとコミュニケーションが困難と言っているように聞こえる。
そして、先生は至って真剣な表情と口調で続ける。
「姫川さんの事情はどこまで聞いた?」
「……保健室に通っているとは聞きました」
先生は少し黙って、やがて決心したように頷いた。
「今から話すことは、誰にも話さないでね」
そんな前置きが必要な話をしようとしている。それだけでどういう内容を話そうとしているのかは察することが出来た。
でも、俺はそれを良しとは出来なかった。
「――待ってください」
「どうかしたの?」
「俺みたいな部外者に話して良いんですか? 本人が知らないところでなんて尚更……」
「もちろん全部は教えられない。でも、姫川さんとこれからも関わっていくなら知らないわけにはいかないと思うの」
先生の言うことは正論だ。
何より、俺に姫川さんと関わらずに過ごす選択肢は無かった。
「……わかりました。お願いします」
まだ少し迷いはあったけれど、俺は樋口先生から話を聞くことを選んだ。
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