第37話 姫川さんのご訪問
――遊びに来ました!
オートロックを解除して玄関前でこうして姫川さんがやってくるのを待っている今でも、まだ実感がない。
それでも目の前に姫川さんがやって来て、これが現実であると認識させられる。
「――おはようございます、
「そうかもですね。こんにちは、姫川さん」
挨拶もほどほどに、姫川さんを部屋の中へと案内する。
リビングに敷かれた適当な座布団に座ってもらい、俺は二人分の緑茶を淹れてから正面に腰を下ろした。
目の前のローテーブルには、姫川さんがお土産として持って来てくれたオシャレな箱に入ったクッキーが添えられている。
「すいません。クッキーならコーヒーか紅茶が合うのに、緑茶しかなくて……」
「気にしないでください。わたし、緑茶も大好きです」
姫川さんは「いただきます」と小さく口にしてから緑茶を飲み、「美味しいです」と感想を笑顔で伝えてくれた。
それに一安心しながらも、さっそく俺は気になっていることを尋ねることにした。
「……あの、今日はどうしたんですか?」
「それは……えっと、遊びに」
ついさっき聞いたことだ。だからこそ姫川さんも改めて聞かれたことに首を傾げたようだ。ただ、それは“目的”であって、俺が知りたかったのは『どうして』という“理由”の方だった。
「もちろんそれは問題無いというか、嬉しいんですけど……突然だったので、どうしたのかな……と」
「えっと……実はお母さんが、この間遊びに来てもらったんだから今度はわたしの方から行ってみたらどうかって言われて」
なるほど、
「それで日乃さんに都合を聞いてみようとしたんですけど、お母さんがせっかくならサプライズで行った方が日乃さんも喜ぶって……」
「な……なるほど、だから昨日は日曜日の予定を確認したんですね」
由美さん……姫川さんに変なことを吹き込まないでほしい。俺の気が変わって出かけたりしてたらどうするつもりだったんだろう……。
「そういえば、部屋番号はどうやって? たしか、話したことは無かったような気がするんですけど」
「あ、それは昨日の帰り、マスターさんに」
「そういうことか……」
昨日の手伝い終わりの時、伯父さんから「明日は家でゆっくりしろよ」と言われたのだが、やけに言い聞かせるような口調だった。おそらくそういうことだ。
「……あの、迷惑……でしたか?」
俺の大人たちに対する溜め息が、姫川さんには自分のことと受け取ってしまったようだ。それを俺は笑顔で否定する。
「びっくりはしましたけど、迷惑なんかじゃないですよ。さっきも言いましたけど、嬉しいです」
「良かった……」
まあ、姫川さんが来たいと思ってくれたからこその行動だと思うし、今回は良しとしよう。
「……て言っても、全然面白みの無い部屋ですけど」
必要最低限の家具しか置かれていない簡素なリビングを改めて見返し、モデルルームの方が何倍もマシだろうなと苦笑する。
元々誰かを呼んで遊ぶことを考えていなかったから、こんなにも物が無い状態になっていた。寝室兼書斎として使っている部屋なら漫画やゲームなどが置いてあって、もう少し面白みがあるとは思う。
ならそこに行けばいいという話になるのだろうが、何故かそれは気が進まなかった。
「そ、そんなことないです……よ?」
さすがの姫川さんもフォローしきれなかったらしい。こればっかりは誰も責められないだろう。
「せっかく来てもらっておいてなんですけど、どこか行きますか? それこそうちの店とかでも――」
大したもてなしが出来ない申し訳なさからの提案だったが、姫川さんはすぐに首を横に振る。
「あの……誰かのお家にお邪魔させてもらうのがとても久しぶりで……。日乃さんさえ良ければ……わたしはここがいい、です……」
言葉が続くのと反比例して、声のボリュームは下がっていく。
「それじゃあ……ここで……」
姫川さんの希望とあっては、もう「他の場所を」とは言い出せなかった。
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