第43話 『友達』

「――はぁ…………」


 一日の授業が全て終わって賑やかな教室の中で唯一、俺だけが深い深いため息を吐いていた。

 朝の、活力に満ち満ちていた自分は何処へ行ってしまったのか。

 ……理由なんて考えなくてもわかっている。いや、今も考え続けているといった方が正しい。

 由美ゆみさんとの会話で、改めて姫川ひめかわさんの誕生日をしっかりと祝おうと決めた。

 そうなれば、誰でも一番最初に考えつくのは“誕生日プレゼント”だろう。

 ――ということで登校してから今日一日、空いた時間はスマホとにらめっこしながらプレゼントを模索していたのだ。その成果は…………言うまでもないと思う。

 これまでの人生でこういうことが無かったわけじゃない。

 性別を問わず、クラスメイトや友達に誕生日プレゼントを贈ったことはある。

 ただ、何人かで一つの物を選んだり、お菓子の詰め合わせのような当たり障りのないものしか贈ったことがないのだ。

 もちろん『当たり障りのないもの』を選べばいいのかもしれない。

 ……それなのに、何故かそうしようとは思えなかった。

 これは“俺と姫川さんの関係”というのが、色々と曖昧だからだろうか。

 気を遣わないといけないけれど、堅苦しいものは必要なくて――そんな不透明さが思考を鈍らせている。

 昼休みには姫川さんから欲しいものの情報を得ようと「最近買い換えたもの、もしくは買い換えたいもの」という話題を振ってみた。しかし『買い換えたもの』は出てきても、肝心の『買い換えたい物』はひとつも出てこず、不発に終わった。


「はぁ…………」


 現状を振り返り、二度目の溜め息を吐く。

 行き詰まってるのは間違いない。それなら他の人の意見を取り入れることは必要だと思う。

 一番の有力者は由美さんだろう。ただ、『親御さんそこ』に頼ってしまうのは情けない気がする。

 他に女性の気持ちがわかる身近な人を考えよう。

 まずは、くみさん。……事情を説明した後がとても面倒そうだ。

 それなら担任の樋口ひぐち先生? うーん、こっちも面倒そう……。

 残るは看護の葉山はやま先生…………以下同文。

 どうして俺の周囲の大人は若者をおちょくって楽しみそうな人ばかりなんだ……。

 ――本当は、こういうことに向いてそうな人物が二人ほど思い当たっている。

 ただ、こっちに来てからの生活をあまり報告していないし、時差を考えるとレスポンスがどうしてもスムーズにはいかないかもしれない。

 ……日曜日まであまり時間がないし、やめておこう。うん。


 それにしても、相談できそうな相手が目上の人だけで、しかも少人数なことに我ながら呆れる。もうすぐ新学期が始まって一ヶ月経つのに、未だにクラス内に友人の一人もいないとは。理由は……前にも指摘されたっけ。

 駅前に寄って、色々見てたら何か思いつくかも知れない。切り替えのため「よしっ」という気持ちで、強めに息を吐いた。


「……大丈夫?」

「――えっ?」


 不意に耳へ届いた声に、俺は少し驚いた。

 すぐ側には小首を傾げたままの上矢かみやが立っていた。


「三回も溜め息吐いてたよ? しかも結構深いの」

「いや……今のは、ちがうちがう」

「じゃあ、その前の二回はそうなんだ」

「あ……」


 隠したかったわけではないがそう取られるような会話になってしまい、ばつが悪くなった。

 それでも上矢は気を悪くした様子はなく、むしろ少し楽しそうに見える。


「なになに? 悩み事ならお姉さんに相談してごらん?」

「同い年だし……」

「これでも姉歴は長いもん」


 冗談めかした言い方とそのドヤ顔に、俺はクスッとした。


「あ、笑ったね? ヒドいな~」

「ごめんごめん」

「冗談はさておき。お姉さんとしてじゃなくても、として相談くらいのれるよ?」


 上矢から、とても自然に発せられた以前とは少し違う『友達』の言葉。

 耳に届いたのと同時に、誰に対して言ったのか考えてしまった。

 もちろん状況と文脈を見れば、俺へ向けての言葉なことはわかりきっている。

 それでも、こんなに簡単なことに迷ってしまうほど『友達』というものから俺が遠ざかってしまっていた。


「――日乃ひの君?」


 一対一で会話をしていたら、たとえほんの少しでもが空けば違和感を与えてしまうのは当然のことだった。


「……いや、なんていうか友達って言ってもらえるとは思ってなかったから」


 俺は苦笑しつつ、正直に伝えた。

 いくらでも誤魔化しは出来たと思う。けれど、そうはしたくなかった。


「なんで? 二人でお昼食べた仲じゃん。これを友達と呼ばずに何て呼ぶの?」


 また小首を傾げて尋ねる上矢。


 ……ああ、そうか。

 こっちに来てから「自分は異物だ」という考えが頭の隅にずっとあったのだろう。 

 だから簡単に受け入れてもらうことが難しいと決めつけて、人と深く関わろうとしてこなかったんだ。

 でも、上矢を見ていたらわかった。もっと単純に考えていいんだ。

 そんな当たり前のことを今更気付いた自分に呆れて、俺は思わず笑ってしまう。


「え? え? 私、何か変なこと言った?」


 突然笑いはじめたのだから、困惑するのは当たり前だ。

 そのことも含めて、俺は謝る。


「いや、全然そんなことない。ごめん、本当にその通りだ」

「ふふん。でしょ?」


 今度は自信たっぷりなドヤ顔を上矢が見せた。

 そして続けて、


「それで、どう? 今なら相談料はお安くしておきますよ?」

「じゃあ、


 顔を見合わせた俺と上矢は、揃って吹き出した。

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『店員さん』と『常連さん』から始まる、キミとの日常。 一葉司 @ichibatukasa

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