第34話 『前門の虎、後門の狼』
「今お茶を淹れるわね。
「はい、ありがとうございます」
リビングへ案内されてすぐ、
キッチンがセミオープンの作りなため、俺がリビングにいても会話に支障は全く無い。
「
一緒にリビングにいる
それからテーブルにケーキと飲み物が並ぶまでは、それほどかからなかった。
「ほんと、美味しかったわ!」
俺の向かいに座る由美さんが、レアチーズケーキの最後の一口を味わってそう言った。
ケーキは四種類持ってきていて、姫川さんはイチゴのタルト、俺はモンブランを選んだ。残ったチョコレートケーキは恐らく姫川さんのお父さんの分になるのではないだろうか。
「そう言ってもらえてありがたいです」
「実はね、私は桐真君が手伝ってるお店に行ったことがないの」
そういえば、叔父さんも姫川さんが来るのは毎回一人でと言っていた。
もしかしたら姫川さんの場所として遠慮していたのかもしれない。
「でもこんなに美味しいケーキがあるなら今度行ってみようかしら」
「いつでもいらしてください――って言っても、しばらくは手伝いの頻度は少ない予定なんですけど」
「あら、そうなの?」
「学校に慣れる方を優先するっていう話になってるんです。でも一応、今週の土曜日はお店に立ちます」
「せっかくなら桐真君のウェイトレス姿を見たいし、行かせてもらおうかな」
「期待に添えるような接客が出来るか自身はありませんけど、是非」
ものすごく緊張する未来が予測出来たものの、ここで「来ないでください」とは言えるわけもなく、俺は苦笑気味に肯いた。
すると、俺の隣に座る姫川さんから咎めるような声が発せられる。
「お母さん、日乃さんを困らせないで」
「そんなつもりはないんだけどなぁ。桐真君は私がお店に行くのは困る?」
「いえ、そんなことは……」
姫川さんの気遣いはありがたかったが、由美さんを邪険にするのはとても憚られた。
すると今度は、姫川さんの矛先が俺に向いた。
「日乃さんも! お母さんを甘やかさないでください!」
「えぇ……」
これが『前門の虎、後門の狼』というやつだろうか……。
バカなことを考えている場合ではないのだが、妙案が出る気配が全くなかった。
しかし、助け船は意外なところからやってきた。
「仕方ない、それじゃあお店に行くのはまたの機会にさせてもらおうかな」
由美さんは笑ってそう言い、カップに口をつけた。
姫川さんが「もぅ……」と不服そうではあったものの、なんとか矛を収めてくれたようだ。
カップの中身を飲み干した由美さんが「さてと」と口にする。
なんだろう。その続きを待つと、
「それじゃあ私はお買い物に行くわね」
――突然、そう言い出した。
俺は思わず「え?」と聞き直す。
なにせ、今日この場を作り出したのは他でもない由美さんだ。
もちろんメッセージには“姫川さんに会ってほしい”という内容が書いてあったのだから、目的自体は果たしている。
ただ、未だにご機嫌斜めな様子の姫川さんと二人きりで残して行くというのは如何なものだろう、と言いたくなってしまう。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、由美さんは有無を言わせる暇も与えないうちに「桐真君、ごゆっくり」とだけ言い残して出て行ってしまった。
「い、行っちゃいましたね」
俺が苦笑しつつ言うと、姫川さんからは「……そうですね」とかつてないほど愛想の無い返事があるだけだった……。
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