第3話 詩丘さんとの出会い


 そんな風に笑う詩丘さんと出会ったのは結構最近。いかにも昔からの付き合いですな雰囲気漂わせてるが、総計して二時間ほどしか話していない。あれは夏休みが始まってすぐの事。そう、彼女に遭遇したのは、。………… まてよ、今、思い出してる。と、そう宣言するのは不自然であるが、こうでもしないと、過去が永遠に明かされないので、ご理解願いたい。はて、誰に言い訳してるのやら。

 上履きやらなんやらを持ち帰るのを忘れ、そんで夏休み始まって数日してから学校に取りに戻ったんだっけ。でないと学校側で処分がどうとか。


 完全に思い出した、あれは三日前のこと。


 一人で走るには退屈すぎる坂道じごくを進み、ダートな駐輪場に自転車を止め、そんでもって正門横目に通り過ぎ、桜と校舎の合間を抜けると玄関前、校舎を見上げる少女の姿があった。工業暗化こうぎょうあんかしたかのような色彩の半袖の身のこなし。

 これがおっさんだったら、然るべき機関に通報していたのだろうが、その人は見た感じ同年代か年下だったので、親切心から声をかけることにした。おっと、紳士的にが抜けていた。とても紳士的に声をかけた。


「お困りですか?」

「っえっと、どなた? いや、ちょっと図書館の場所がね。分からなくってさ」


 初対面で、その砕けた口調はハードルが高いぞ、なんて最初のコンマ一秒は思ったが、じわじわと、これが話しやすいと感じる。この人とは仲良くなれそうだ、直観がそう主張した。


「図書館ですか? たしかに、うちの学校の図書館、分かりにくい場所にありますよね。なんでも五年前の改修工事で、学校の秘境に追いやられたそうで」


 一年生の最初、図書館利用案内で司書の先生がぼやいていたな。秘境以前に、図書館自体が、時代錯誤な代物になったんじゃないかね。


「はぁ、そうかい。道理でね、見つからないわけだ。なら大人しく用務員さんに聞くべきだったよ。徒労だ、…………とほほ」


 用務員さんは、外部の人間だからそんなに詳しくなさそうだが。それよりももっといい方法がある。


「職員室で聞けば良かったんじゃ」


 あそこは夏休みでも夏休みしてないだろうし。俺と安田がいないのを除いて、授業日と同じ日常が広がってそうだ。机に向かいながら、画面に映る名簿や、その横の数字とにらめっこする彼らの後ろ姿が浮かぶ。


「私、一回用事があって先生達と話したんだけどさ、その時図書館の位置ダイジョブか、とか聞かれて、それで『分かりますので大丈夫です』って突っぱねちゃったんだよね。それに教師とか苦手でさ。いまいち信用ならない。あれは道化だよ、生徒の顔色を窺う道化」


 なるほど、前者オンリーで気持ちはわかるが、後者は同意しかねるね。それにしても、うちの学校のホームページはそろそろ更新するべきだぜ。まさか五年前の情報を載せてるんじゃなかろうな。でなきゃこんなふうに迷わないだろうし。この人みたいな迷子を量産しかねん。早急に対処すべき。上履きを回収したら、いっちょ職員室に殴りこんでクレームを入れてやろうか。


「で、そういや、なんで外にいたんすか」

「ほらさ、内から駄目なら外からどうだ、ってね」

「ああ、引いて駄目なら押してみろ的な」


 えっと何の話だろうか。三味線を弾くままに、納得の意を示してしまったので、理解していないままに話が進みだす。校内からじゃ図書館が見つからなかったから、外に出てきたってこと?


「そうそう、的なね。知らないとこに自分だけの力でたどり着くのも醍醐味だよ。図書館までの道のりを推理して、消去法さ」

「へぇ、なるほど。消去法ですか」


 小説は、ほとんど読まないし、ドラマも見ない、テレビは見ても天気予報だけ。そんな俺でも『消去法』は字面だけで意味を掴める。


「そう消去法。外部から図書館じゃない教室を埋めていくんだよ」

「まさか、冗談ですよね」


 そりゃあ、気の遠くなるような話だ。聞いてると不安になってくる。結局、紆余曲折あって、西高に一年ちょっと通った先輩として道案内を買って出た。


「ここです。着きましたよ、図書館」

「おおー、センキュー、センキュ」

「そういや、名前なんですか?」

「私? 詩丘です」


 詩丘さん、とやらは間髪入れず答えた。


「そすか、俺、紙川です」


 えっと、下の名前は何だろう。




 まあ兎に角、爾来じらい、知り合いである。


 

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