第22話 絵に描いたような杞憂


 なんでそんなこと。ははぁ、明日死ぬ、ですか。


「なんだよ、そのテーマ。そうだな、やり残したこと、ゴマンと残ってるし、死に切れないだろうよ。することリストの大半は、高校でしか埋めれないから、なおさらだ」


 高校が終わったらどうしようか。大半を消化した、その残りかすをどう味わえというのだ。自分のことだから、目的のないまま、大学生活を浪費してることだろう。そもそも論として、今の学力のままで、果たして大学に行けるのか。


「することリストの大半が高校かねえ。って、それじゃあ卒業と同時に、人生の大半を、達成してしまうじゃねえか! お前、高校卒業したら、消えるのか?」

「なんだよ、山崎、それ、たまに俺に振るけど元ネタとかあんのか? ……………… いいや、卒業したら、やり残したことは、むしろ増える。だって、なんだから」

「なんかなあ、まあ、そうだよなあ。そうだよなぁ」


 俺らしくない発言だなと我ながら思う。でもどうだろう、想像して見よう突如として表示される、『この先、進んだら戻れません』の表示。取り逃したアイテムは心残り。いつか、この高校から足を洗う日。


「じゃ、明日死んでも、化けて出るとするか」


 人格の修正を測る。いつもので行こう。


「じゃあよお、化けて出るならどこがいいか?」


 山崎は階段の中腹、つまり踊り場で足を止め、ニヤリとした。三拍置いてその笑みを理解する。これ所謂、男子高校生のノリ。


「体育館倉庫だ、王道を行く」

「ふ、甘いわい。ミツバチのように甘い!」

「山崎、それを言うなら蜂蜜だろ」


 階段を踊り場で折り返し、再び下る。


「体育館もアリだがな。そこであんなことや、こんなことが、行われるのは九割がたフィクションだぜい」

「ん? 逆に一割もあるのか」


 どういう計算だ、それ。人数に対する割合なら、クラスに四人はいることになるぞ。それとも二組か。そして学年に十六人である。これじゃあ破廉恥学園だ。まるでライトノベルじゃないか。学生にとっての桃源郷が、知らぬ間に西高に存在していた。


「おうよ、そうゆことになるな。ちな俺はだが、もち更衣室だぜ。名前の下に行為って書いてあるし。むむっ、我ながら完璧すぎるぞ」


 そして左斜め上を向き、格好よく左手のひらで両目を覆う。二の腕が弾性から震えた、と同時にマネキンがガクンと沈み込む。両手で持てよ両手で。片手だけがマネキンの背中に添えられていた。まったく『うつけ』かっこうつけがよ。


「いや、意味わかんねぇよ。その理論だと、好意、イコール、行為、になりそうなんだが」

「深いだろう?」

「不愉快だ」


 そもそもの話、地縛霊って、自分が死んだところに出るんじゃなかったか。どうしたら更衣室で死ねるのやら。その状況を思考実験しながら、階段を降り切り、そして風が吹き抜ける開放的な外廊下を進む。どうでもいいが、ここを通るたびに頭頂部がムズムズする。上の渡り廊下が落ちてきそうな予感がするからだ。いや、絵に描いたような杞憂なんだけどさ。

 数学教室棟はこの外廊下を越えた西棟にある。そう西棟、別名特別教室棟。名の通り、理科室やら美術室やら、頻繁に使わない教室が詰め込まれている。


 さあ、行こうか。


 そよ風が吹くと爽快で、両脇の背の低い栗の葉っぱが鳴る。なにがきっかけだったか、その一瞬は一枚の写真となり海馬へと焼き付けられた。俺しか知らない卒業アルバムが、知らぬうちにまた分厚くなったのだ。ふと思い出して懐かしむ日が来るのかね、このくだらない日々。


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