第21話 Death from above.
そして、被覆室に着くなり、ドアノブの鍵を差し込みクルっと回すという、おおよそ原始人でもない限り、叙述不要な操作をした。ガチャガチャとドアノブを鳴らし、扉を奥へ押す。部屋の中は、衣服を扱う教室らしく埃っぽく、ふわり柔軟剤とお日様の匂いが香った。懐かしいけど化学的、そんな芳香。
「紙川さんよお、このマネキンなんてどーだ? 年季が入ってて渋みがある。きっと、いい出汁が取れる。それに、この顔を見ろ、コイツはうまいぞ」
マネキンと馴れ馴れしく肩を組む山崎はごきげんだが、『あっそう』。唯一の感想は、『コイツ一生こういうノリで生きてくんだろうな』、だ。
「何でもいいけどさ、それ、関節付きじゃないから却下な。こっちだろ」
さっきの山崎みたいに、マネキンの肩に手を回す。向き合った二人組は、まるで社交ダンスだ、というのは、美化した見方で現実はそんなにメルヘンじゃない。知らない人が見たら呪術の下準備と勘違いすると思う。
「おいおい、紙川さんよお。性別が頼まれたのと違うじゃ、あーりませんか」
「服、着せれば何とかなるだろ。幸い、このマネキン、のっぺらぼうタイプだし」
妥協も必要だ。妥協以前に、間接付き人形はこれしかない。提案する。
「運ぼう。俺は足を持つ、頭は頼んだ」
「そうすりゃあ、階段降りる時、パンツ見えるってか?」
「ねえよ、お前の脳みそは桃色か」
「桃色? 手前が言いますか、この破廉恥め。お前こそ、桃色っ!」
「別に、俺の脳みそは健康な桃色だ。生憎、壊死は起こしてないんで。そもそもだな、そう言うお前だって、股間がマネキンの頭に当たってんじゃねえか」
なんならな。そう、山崎の担当は頭だった。マネキンの頭部へ視線が集まる。
「当ててるからセーフだ」
「なおさら、アウトだろ」
そんな風に危ない軽口を叩きつつ、マネキンを運び出す。その姿も、遠目では死体隠蔽に精をだす二人みたいで危なかろう。
廊下を歩いて右に出る。壊さないため意識を失った怪我人を扱うように、慎重に歩を進める。……………… 意外に疲れるな間接付きだからか。舞台は数学教室なので例の階段を下る必要があった。吹き抜けの朝通った変な階段を、である。
「おい、ここの変な階段には気を付けろよ。万が一でも動かなくなっちまったら、ものホンのミステリが、始まっちまうぜ」
「ピクリともしなかったら保健室に速攻連れてけよ。……………… 隠蔽しようとすな、隠蔽を」
「違う、誤解だ紙川。仮に死んでたらの話をしている」
「蘇生するかもしれないから、大人しく連れてけって。それか自首しろ。そういうお前こそ、足元に気を付けろ。降ってきたら、圧死しちまうぞ」
頭上からの死。お前が降ってきたら、人体の高さが消えてしまう。身長が零になってしまう。こうじゃない二次元人の完成だ。
「そんなに太ってないわい」
「………………… いや、太ってるぞ」
動けるデブみたいな体形だ。それでも九十キロはあると思う。一般道で九十キロ出したら警察に捕まる。つまり、お前は違法デブだ。
「そうだな。なあ、紙~」
「それ俺か?」
変な呼び方しないで欲しいが。
「そうだ。暇だから、もしもの話しようぜ」
「もしもか」
「そう、もしもだ。じゃあそうだな、仮に明日死ぬとしたらどうする?」
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