第23話 数学教室へ


「やっと着いた。よし、もう放してもいいぞ。お疲れい」

「おう、じゃあ足離すぞ」


 俺が足を離すと、山崎はマネキンの正面から脇に腕を通して持ち上げ、壁にもたれるよう座らせた。死体運びの重労働性は、ドラマや小説で度々ネタにされるそうだが、身をもって知った感じ。おかげで満身創痍だぜ。

 この作業で思いだすのは、真面目君が授業の合間休みに話してくれたこと。死体運びってのは、ミステリーやサスペンスにおいて、結構重要な役割を担ってるんだとよ、しばしば証拠にすらなるんだとよ。でも決定打に欠けるよなって、聞くたびに思うぜ。人生かかってるんだから、気合で運べっつうの。

 数学教室の戸を引き、中に入ると、女子二人は山崎の台本を床に広げ、マスキングテープをペタペタする作業に勤しんでいた。床に貼られたテープを観察すると、人数分の色違いになってることに気付く。想像するに要所要所での立ち位置確認用じゃなかろうか。ただ眺めてても暇なんで、猫のように丸まった背中へ、声をかける。


「順調っすか?」

「……………… ん? あ、はい。順調です。紙川さんは黄色ですよ」


 学級長は指を指す。床に貼られた薄い黄色のマスキングテープは、若干、床に同化していて見づらい。


「俺のテープ、保護色みたいになってますね」


 ダン! と鋭くドアがレールの端に衝突する。あまりの騒音に心臓が跳ねるようだった。そのウルささ、今、話してた学級長もチョコンと跳ね、ヒッ、と声を出したくらい。


「よっス」

「……………… びっくりしたな。お前かい。優しく引けよな」

「シャアねぇな」


 ガラガラガラと、ドアを横へと引く。そいつは背中に道具を担いでいた。出で立ちは、さながら武蔵坊弁慶。


「紙川ぁ、いま、保護色って聞こえ ————」

「————— てない。気のせいだろ」

「そうかぁ? そりゃ、残念だぜ。とっておきの虫知識があったのによ。お~い! やま~、これでいいんだよなぁ~」

「おう正解だ。やす~、そこに置いといてくれ」


 安田が担いできたのは撮影機材一式だ。今日は初日だし、出番ないだろう。壁に立てかけられていく機材は、ホームビデオや、カンペ、照明、そして緑のシートだ。よくもまあ、これだけの機材を一度に持ってこれたもんだぜ。

 Q なぜ山崎に行かせなかった? → 撮影機材に関しては、部長である山崎に行かせた方が速いというのが、筋の通った主張なんだろうが、今回は敢えて安田を行かせた。俺・安田コンビが一歩でも職員室に踏み入れてみろ。課題に対して止むことない追及が降り注ぐぞ。相乗効果ってのだ。

 まったく、安田は俺よりひどいからな。よく二年生に進級できたもんだぜ。学校の七不思議だ。三年に上がれるかは怪しいな。てかアイツ、卒業できんのか?


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