第二幕 準備

第12話 スーパーアホな会話


[非・劇的な日常の始まり]



 下駄箱で靴を脱ぐ。忘れずにと持ってきた、校内用クロックスを鞄から引っ張り出して、床へ適当に投げると右足の方が立った。それで、『今日は縁起がいいな』と何の根拠もなく思ったりしながら、左足で靴を倒すと無作法な感じがした。一方で、詩丘さんは来客用スリッパを使うことにしたらしい。脱いだ靴は来賓用の下駄箱の上に、几帳面に揃え奉られている。


「紙川君。ごめんだけど、今日、用事あって撮影見に行けないんだ。だから、また今度お邪魔するよ」


 別に居なくても進む。詩丘さんは来たい時に来ればいいさ。


「そうなんですか、残念です。じゃ、みんなに伝えときますね」

「うん、何か不備があったら図書館に来てよ。午前中はそこにいるから」

「おっす。図書館、図書館、図書館、図書館。ん、覚えました」


 引っ越しに関連した手続きだろうか。そういや、一年前、俺が一年の時、図書カードを発行しに図書館へ行ったっけ。何度も何度も催促が来てしぶしぶ訪れたのだ。それ以来、ご無沙汰しているが懐かしい。


「あとこれ、台本だから配っといてよ。頼んだ」

「うっす、頼まれました」

「フフフ、さっきから、うっすとか、おっすとかさぁ? まいっか、じゃあね」


 あっさりと、小さな背中を向けた。詩丘さんは図書館へと歩き出す。映画製作の待ち合わせ教室は図書館と逆方向なので、ここでお別れだった。


 じゃあ、行こう。俺もたいがい、あっさりとしている。



「……………………………… おいまてぃ」


 振り返ると奴がいた。


「俺を忘れてるぞ。………………… ハァ、ハァ。……………… ってか、なんでさっき、無視、はぁー、したんだよぉ。スーーッ、全くよぉ、つれねえなぁ。ハァーー」

「お前が変な呼び方するから悪いんだろうが」


 安田が、詩丘さんと入れ替わるように追いついた。駐輪場からここまで走ってきたのだろうか、息が上がっている。ハァハァと口から放熱していてまるで犬みたいだ。そこまで辛辣に評価しなくていいか。別に私怨は、あんまりない。


「お~い、お茶。みたいな呼び方も悪いが、一番の懸念はお前の昆虫トークだ。女の子は気が滅入るだろ朝からそんなん聞かされたら。それが原因で登校拒否になったらどうすんだ! え? 責任取れんのか?」

「ンなことで、登校拒否になってたまるかぁ! てめ、コノヤロ、コノヤロ」


 コノヤロ、コノヤロ、と俺の腹に寸止めのジャブを放つ。

 それはどうかな。コイツの虫知識は嫌になる程、現実的な質感デティールを持ってるから、不登校は完全にないかと言われると微妙な線だ。あれは二年生が始まってすぐだったか、シチューを食ってる横で、蛹の中身を饒舌に解説されて盛大に吐いた記憶がある。


「シチューの前科があるからな、お前」

「あれは似てるから仕方がないだろぉ。いきなり、吐くなんて予想できねぇし。……………… そもそも昆虫の血は白色でなぁ」

「止めろ。止めてくれ。朝ご飯が逆流しそうだ」


 その話はドクターストップ。


「じゃあよぉ、それは置いといて、さっそく、本題に入るか」

「あ? なんだよ」

「—————— さっきのさぁ。彼女か?」


 まるで深刻なことのように溜めて聞いてくる。ほら、あれだ、典型的なうざいノリだ。止めろって。


「いや、ちげーよ。彼女じゃないから。あの人は詩丘さん。多分、転校生だ」

「うぉ、転校生くんのかよ。うひょー、スクープだぜぇ」


 なに、特報だと。む、釘を刺しとくか。


「あんま広げんなよ。夏休み明けてから学校に来づらくなるだろうし。それこそ登校拒否とかあり得るぜ」

「もちぃ、分かってら。……………… んで、結局どーゆーカンケ?」

「一昨日くらいに、学校案内してからの知り合いだ」

「なるほどなぁ、一日で落としたのかぁ。そうか、お前も軟派な男だぜぇ」

「お前、俺の話聞いてたか?」


 つかねぇよって、ハナシ。


「つまり最速でお近づきに! ……………… なかなかやるなぁ」


 人の話を聞け! 人のっ!、おい! 人の話を、聞け!


「おい! だから、チゲーっつうの。、聞いてたか?」

「ああ、聞いてたぜ。知り合い以上、恋人未満の、」

「知・り・合・い・っつってんだろ。耳にカタツムリ詰まってんじゃねーの。小脳を摘出されてしまえ」

「そうか、カタツムリに興味あるんだな。カタツムリの中身はだなぁ」

「や・め・ろ! それを止めろ」


 どうしてこう、そういう話に持ってくのか? 胃酸の酸味が口に広がり、ついでに喉の神経をピリリと電撃した。パンの甘みが味蕾までせり上がってきたところで、なんとか元居たところへ帰ってもらった。

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