第11話 登校編終了


 [平凡な朝の終わり]



 学校に行く羽目になった原因を思い出しているうちに、学校周辺まで来ていたようで、校門が見えてくる。南の校門なので、裏門である。裏門から左に伸びるグラベルを進み、駐輪場を過ぎたところの階段を目指す。疲れたんで休息もかねて深呼吸し、森のざわめきに耳を澄ましてみると、代わりに後方から、錆び切ったチェーンの回るざらつきが割り込んできた。


「お~い、紙川!」


 人を小馬鹿にしたような強勢の付け方の呼び声に、無性に腹が立ったんで無視。朝一番からムカつく野郎だぜ。


「無視すんじゃねぇぞぉ~! 紙川、おまっ。聞こえてんだろぉ~!! お゛ーい」


 声の主は異音交じりのスキール音や砂埃と共に、駐輪場へフェードアウトした。そんなブレーキの踏み方してたらいつかコケるぞ。


「のわー!!」


 言わんこっちゃない、騒がしい奴め。廃材置き場に積まれたガラクタが崩落するような残響。ドミノ倒しに、違法自転車を巻き込んで倒れたらしい。今日は撮影があるってのに、服が汚れてたら格好がつかないぜ。いや、今日は撮影まではいかないだろうから無問題もうまんたいか。


「なに!? 自転車の鍵が抜けない! さっきので曲がったな、この、ポンコツがぁ!」


 そんなのを尻目、殺人階段にアタックをかける。駐輪場と学校とを結ぶ階段は、いずれ死人がでる、そう確信できるほど急だった。高校くらいは無事に卒業したいものだ。


「ね、彼、君に話しかけてるんじゃないか。答えなくていいのかい? ほら、駐輪場の、紙川君」


 多分、あれが危険人物だと判断して、彼に聞こえないよう、小声で促す。その判断は賢明だろう。絡まれたら最後、無限に時間を無駄にすることになる。


「大丈夫っすよ。あいつ、安田なんで」

「いや、答えになってないと思うけど」

「直に分かります」


 ろくでもない奴なんで。とんでもない奴なんで。それでも俺が関わり続けるのは、総合的になら、損でもない奴だからだろう。そんな奴だ。


「でも友達は大切にしなよ。いつ居なくなるか、知ることは出来ないんだから」


 そうか、詩丘さん転校生だもんな。つまり友達を地元に残してきたのだ、思い出しちゃったかな。この話題は打ち止めにして、代わりに台本の出来を聞いておくか。学級長が依頼してから一週間ちょい、果たして進捗しんちょくはいかがなものか。


「詩丘さん。映画の台本、どうなってます?」


 映画は四十分の短編を予定している。それでも台本やシナリオ、設定資料は膨大になるから、じゃあ、全体の五分の一くらいだろうか。


「んぁあ、あれね。少ない予算や、変えられないキャスティング、短い製作期間とか、いろんな制約があったけど、その分、工夫し甲斐があったよ。フフ」

「それで、進捗の方は」

「……………… ん? あ、そっか、えっと、完成!」

「早っ!」


 待てよ。それさ一週間で終わる量か? すげぇ、なななな、なんて作業効率。思わず、どもっちまうぜ。なんてのは不謹慎な表現だ。


「今年も読書感想文、最後まで放置しそうな俺としては、羨ましい能力ですよ」

「そーかい、そーかい」


 読書感想文。他の課題とは真逆で、時間を掛ければ掛けるほど沼に嵌っていく、まるで人生な課題。そうだ、今年は詩丘さんに代筆してもらおうかな。へへへへへ。


「俺の読書感想文、書いてみませんか? もちろんコッチは弾みますんで」


 駄目もとで、小物な感じで、聞いてみる。胸の前で、オッケーサインをひっくり返し現金にする。


「それって、ズルだよね。駄目に決まってるだろ。大体、バレたら私はどうなるんだ? 自分の利益ならず、相手の利益、果ては敵の利益まで考えないと、主人公には成れないぜ」


 説教されてしまった。でも悪い気はしない。むしろって思うね。


「さーせん。確かに、反省してます」


 じゃあ、どうしよう。スーーーーっと、会話の続きを考える。


「映画のオチ、教えてください」

「君は主役じゃないか。自分の目で確かめなよ」

「そこをどうにか、ね。ほら、詩丘さん」


 インスタントに聞きたい、現代人は時間に追われている。インスタントに育てられた、インスタント世代は、インスタントな結末が快適なのだ。


「まぁ、ジャンルくらいなら教えてあげてもいいけど。—————— ミステリ。推理小説が好きだからね」

「へー、ミステリ。最初あった時も、そんなこと言ってましたね」

「うん、探偵とか、憧れるな」

「じゃっ、夢は探偵とか」


 ちょっと茶化して聞いてみる。クソガキだと思われただろうか? 説教来い。


「いや、飽くまで小説としての探偵だけどね。現実には何も期待してないよ。……………… 現実にはなにもね」


 萎えてしまったらしい。嫌なことでもあったのだろうか。 

 そして結局オチを聞き出すのは失敗した。まあいいさ、ならばこの目で確かめに行くのみ。階段を登り切ったら校舎に沿って右に回り込むと途中、桜の木が迎えるが、その葉桜の薄緑は、体感温度を引き算してくれた。

 玄関に到着。確かここら辺だったかね。詩丘さんとのファーストコンタクトわ。なんとなくで仰ぎ見ると、玄関左手の校舎の壁面に埋め込まれたシンボルがピカっときらめく。『西』を中心にして長方形が三本づつ、翼の如く生えている校章のデザイン。結構好きだな。



 では紹介しよう。

 ここは我が校。

 恵那市立恵那西高校。

 通称、西高。



 初夏の匂いと蝉の詩、ボケた視界とつ熱波。かくして、今日という日が始まったのだった。

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