第51話 人探し


 [詩丘創作]



「ごちそうさまー」

「ウィーっス」


 七咲がやっと飯を食い終わった。朝、パンを食べすぎて食欲が湧かなかったらしい。


「ったく、とっくの昔に俺たちは食べ終わってるってのによ」

「お前が早すぎるんじゃ!」


 さして言い訳になっていない反論をすると、七咲は空中に跳んで、ドロップキックする。いてぇ、これは太腿がもげた。立ち上がり、埃を払うと、顔を上げた先で七咲がにっこり微笑むのだが、可愛くねえよ。


「いやー、紙川君。待たせちゃったかなー?」

「いや、七咲パイセン、全然いいっすよ」

 

 暴力は勘弁。


「じゃあ、今回は解散にしましょうか。明後日、お会いしましょう。お二方は、お忘れなく」


 プロレスの観客に徹していた高峰さんは、馬鹿丁寧に釘を刺した。お二方とはもちろん俺と安田のことである。七咲は真面目ちゃんで通ってるから、マークされていない。………… 憎い。


「安田はともかく、俺は忘れませんよ」


 記憶力は良い方だ。自分の頭をコツコツと拳で叩く。すると空洞音が返ってきた。


「よっしゃ! じゃあ、帰るか!」

「お前は俺とくるんだ」


 お前も働くんだよ。子犬にするみたいに、刈り上げられた首根っこを、片手で締め上げて拘束する。………… いやいや、それは誤解である。断じて持ち上げてはない。後ろから掴んでるだけ。だから安心してほしい。

 この寸劇が終わると、これで一区切りとしたのか、『そんじゃあ、頼んだぞ』とか、『ばいばーい、安田くーん』とか、別れを告げながら、部室の有る方へ散っていった。幾度か振り返っては手を振る。俺も振り返す。監督はそれを最後まで粘り、角を曲がって見えなくなったと思えば、ひょいと出て来て二の腕を揺らした。さよなら。今日はもう彼らと話す機会はない。そして、考えてみると、挨拶が一人足りない。


「高峰さんは行かないんですか?」

「……………… 実は映画の件で、ちょっと思い出しまして。最後に伝えておこうかな、と」


 察するに山崎に秘密にしたくて、情報を出し惜しんだのだろう。居なくなる隙を狙っていたのかね。なぜ俺に教えてくれたのかはまったくの謎だが、きっと誰かに披露したい欲が働いたに違いない。


「なるほど。どうぞ」

「スマートフォンの電源が落ちる、という場面があるのですが」

「あれか。綾瀬のが、つかなくて判明したクダリな」

「そうですそうです。私、思ったのですが、それEMP爆弾じゃないかなって。というのも昔、西高から比較的近い自衛隊基地で事故が起こったんですよ。—————— 厳密には別物の、効果が同じ試作機が暴走して。幸い周囲に影響はなかったのですが、蛍光灯が被害を受けていない描写とか似てます。私、元ネタだと思うんですよ」


 あれか。EMP爆弾モドキ。核保有がどうのこうので、マスコミからバッシングを受けたアレか。うちの地域も近いこともあり、風評被害で迷惑したもんだぜ。結局は、核保有の出来ない日本が、核に付随する別の現象を利用したいがため、研究してただけだったが。

 あの時のマスコミの醜態たるや。碌に調べず、核だ核だと見出しを付ける詐欺広告まがいの報道をしては、ズルい注釈を保険に責任を取ることを放棄する。それはもう流言飛語そのもの。俺がテレビ嫌いになったきっかけである。天気予報だけは正確だから、未だ視聴してるが。


「なるほど、調べときます」

「山崎さんにはないしょで」


 人差し指を唇に添えるなんて、らしからぬ子どもっぽい行為で微笑ましい。だが、山崎は仮にも、俺の知り合いなので疎ましいと思わなくもない。タダでは納得できないので秘密の提供を求めた。


「山崎となんかあったんですか」

「えっと、山崎君とは中学校が同じなんです」

「それは知ってます。そうじゃなくて、山崎と張り合ってるのはなんでかな、ってことですよ。ほら、昼、ムキになってませんでしたか」


 山崎と安田、学級長は、同じ中学校出身である。山崎が掃除の時間に教えてくれた。俺と七咲のように、山崎と高峰さんは、勝手知ったる仲なのだろうか。


「……………… それは、中学で推理大会があったんです。と言っても、学校中にばら撒かれた爆弾を、ヒント有りで回収するだけですが」

「爆弾!?」

「あっ、いや、爆弾と書かれた紙です」


 常識的に考えてそれしかないが。なーんか、中学にしてはハードな遊びやってんなあ。来る日に備えてるのかもしれない。聞くところによると、隣町は治安が悪いらしいしな。


「負けたんですね」

「はい、一枚差で」


 いかにも深刻そうに言った。さては根に持つタイプだな。山崎、良かったじゃないか。愛されてんぞ。知らない所で。


「そういうことなら諒解です。言偏に京都の京で、諒解」

「紙川さんのリョウ、そっちでしたっけ?」

「いや、涼しいの方でっせ」

「なるほど、覚えました」


 覚えられてしまった。学級長はヘヘヘと笑う。怖いよ、その笑い方。でも笑い顔はそうだな、……………… いいと思う。たとえ話を持ち出すつもりはないね。陸生の貝に例えてみたり、建築技法に倣ってみたりで表現するのは、私的にしっくりこなんで。だからただ、いい。

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